S さん、先日の『 妖怪ガレージ・持ち込み企画 』(整体コース)では大変にお疲れさまでした。 積極的に知識の習得に励み、整備作業にも精を出した上に、燃費向上のリポートを交えて感想文まで送付して下さりお世話になりました。
さて、今回は前回の作業時の確認を行ないつつ、ご自身でも整備を行なう為に色々と情報を集めていらっしゃるとの事。 頭が下がる思いと同時に嬉しく感じています。では、ご質問の内容の順に回答をしますが、またご不明な点があれば 必ず回答と説明を致しますので、よろしくお願いします。
■ 1. ブレーキキャリパー用工具について
当日使用して、今回の質問にあった工具は「 キャリパーピストンツール 」とか「 ブレーキピストンプライヤー 」という名称で販売されている工具です。
ただ残念ながら大型のホームセンターでは販売されているのを見た事はありませんので、整備用工具販売店かネット通販で求められるのをお勧めします。なお、整備工具販売店としては、全国展開している アストロプロダクツ というお店が近隣にあると思いますので、一度確認に行かれるのをお勧めします。
そして、Sさんの車両の場合は よく販売されている上図の 2番の形式の工具がぴったりです。
※ この工具の目的と注意点
既に理解していらっしゃると思いますが、この工具を使用する目的は ブレーキキャリパー
のピストンの汚損や腐食を防ぎ、ゴム製のシール類を破損から守り、ブレーキの効きを安定
して正確に保つ為で、この工具が登場したお蔭で整備がずっと楽になった程に優れモノです。
使い方は二段階あって、一つは ピストンを 3〜5mmほど引き出してシールとの接触部の
保守を可能にする事で、二つ目は引き出したピストンを回転させてピストン裏側部の保守点検
を確実に行なう事にあります。
ただ、車両によっては 2番の工具が使えない場合もありますのでご注意ください。
一般に広く販売されているのは 2番の形式ですが、ブレーキキャリパーのピストン配置が
対向型(ディスクローターを挟んで両側にピストンが配置される)の車両には使えません。
というのも、対向ピストン型のキャリパーの場合、ディスクパッドを取り外した後でも対向
するピストン同士の間隔は広くなく、それに対して 2番の工具の形式のピストンを掴む先端
部分は厚く、その先端部をピストンに挿入する事が出来ない事が多いからです。
かと言って、ピストンを一旦押し込んでからこの工具を使うとシールの破損に繋がり、決し
て行なってはいけない本末転倒、破壊的作業になってしまうのです。
そういう対向ピストン形式のキャリパー整備を行なう場合、私は 1番の形式の 工具を使用
しています。が、ピストンとの接触面が少なく、大きな握力が必要な事が ウィークポイント
です。
■ 2. ゴム部品と金属部品との潤滑剤
先日の作業の際、あらゆる部品に対して何らかの給脂、潤滑用のオイルを選択しながら塗布をした事を覚えて下さっていて嬉しいです。先日もお伝えした通り、車体を構成する 金属製、ゴム製、樹脂製の部品には 必ず 適切なオイル(グリスや潤滑剤など)を部品に適量を塗布する事が整備の基本です。
さて、ご質問にあった フロントフォークのダストシール部に塗布した 潤滑剤の名称は 「 メタルラバー 」で間違いありません。
この製品の特長と目的は、金属部品とゴム部品とが摺動(擦れ合う)している箇所の潤滑を助けるのが目的で、ゴム部品の乾燥と劣化を防ぎ、摺動抵抗の低減とゴム部品の摩耗を防ぐなど優れた特徴を持つので、そういう摺動を行なっているブレーキピストンやフォークシール部などで多用しています。
そして、調査されたゴム製品保護用スプレーについてですが、私自身はその製品を使用して確認した経験が無いので具体的なアドバイスは出来ません。
ただ、製品仕様を確認した範囲では、ゴム製品自体を乾燥や自然環境が原因の劣化から守り、ゴム本来の弾力特性などを保つために使用するには適しているのかも知れません。が、金属との摺動部の潤滑としての用途はさほど考慮されている様子ではないと思われます。
■ 3. トルクレンチ について
先日の作業の際、整備する箇所の指定締め付けトルクに応じて 二種類のトルクレンチを使い分けましたが、早速に購入検討されている様子に感心させられています。トルクレンチは整備に欠かせない工具の一つで、タイヤ用のエアゲージが体温を測る体温計以上に大切なのと同様に、適切な整備には絶対欠かせない工具です。
さて、検討の末に “ やっと見つけたデジタルトルクレンチ ” についての質問に回答します。
その製品の仕様は 幅広いトルク値に適合しているとの事ですから、基本的には何ら問題は無いと思いますが、幾つか注意点を伝えておきます。
〇 トルクレンチは意外と不正確です
トルクレンチを使えば絶対的に正しいと考える人は少なくないのですが、決してその様な事
は無く、使用する人やトルクレンチによって締付け結果が異なる事を覚えておいて下さい。
トルクレンチによる誤差は、製造メーカーや使用環境、校正頻度などによって決して小さく
ない違い生まれてしまう事は理解してもらえるでしょう。 また、大きなトルク値をカバー
するレンチの場合は大型(長尺)になりますが、大型になればなる程に小さなトルク値の作
業では、長尺であるが故に作業者の微妙な力加減による誤差も大きく出てくる事も理解して
おく必要があります。
〇 使い易さに違いがあります
カバーするトルク値の幅が広い大型のレンチの欠点はもう一つあります。 それは ボックス
ソケットとの関連です。
ボルトを整備する際、特に正確で適切な作業が求められる箇所の場合、ボックスソケットや
六角ソケットなどの交換用ビットを使用しますが、オートバイ整備で使用するビットの固定
ソケット部の大きさ(差し込み角とも言います)は通常 2種類になります。 ボルト径が大き
なアクスルシャフト部などでは 差し込み角 1/2 インチ(12.7 sq とも呼びます)のソケット
ビットで、フロントフォーク固定用ボルトなどでは 差し込み角 3/8 インチ(9.5 sq)を
通常は使う事になります。
そのため、今回発見された大型のトルクレンチの場合には 差し込み角は 1/2 インチ だと思
われますが、小さな トルク値のボルトを整備する際には、差し込み角変換用アダプターソケ
ットが必要になる事をお伝えしておきます。
〇 トルクレンチの種類 (オートバイ整備用)
作業を行なった当日に使用したトルクレンチとそれ以外に所有している製品を紹介して、それ
ぞれの特徴を説明します。
当日使用したのが、KTC 製の 3番と4番のデジタルトルクレンチで、3番の使用トルク値は
27 〜 135 N・m で 4番が 12 〜 60 N・m に対応していて、ソケット差し込み角はそれ
ぞれ1/2 インチ(12.7 sq)と 3/8 インチ(9.5 sq)です。そして、この形式の特徴は 使い
易すく数値の確認のし易さですが、反面、電子式という事もあって使用や保管方法によっては
破損や狂いを起こしやすいという欠点があります。
このデジタル型が登場する以前、広く使われていたのが 1番と2番の プリセット(ラチェット
方式)型と呼ばれる形式の製品で、特に 3番の 東日(トーニチ)製は産業界ではデジタル式と
較べて校正態勢が整っている為、今も機械産業界では広く愛用されています。
また、S さんが発見された品と同じ様に、1番のプリセット型も広い範囲をカバーしている点
と 安価だったので予備に購入していますが、やはり小さなトルク値での使用は誤差が出易いと
感じています。
最後に、5番の製品は 締め付けトルクの管理の重要性が認識された頃、恐らく 100年以上前
からずっと使われている プレート型(ビーム式とも言います)です。特徴は、他の形式と較べ
て安価で 壊れ(狂い)難く精度も高い(校正証明付きの製品は)ので、私は 他のトルクレンチ
の確認用に購入し、それぞれの トルクレンチの誤差や狂いのチェックに使用しています。
以上、長い説明になりましたが、オートバイの体調をいつまでも健康に保つための 適切で正確な整備を行ない、楽しく安全なオートバイライフを楽しむ事をいつまでも応援しています。
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