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2/7 ・『 整備&調整セッティング記録会 』・リポート

GRAが開催したイベントのリポートをお楽しみください ♪
 

  ZX-6RR編 ・ その1 (主にフロント周りの作業)

開催デ−タ 開催日

2015年 2月 7日 (土)

  開催場所 妖怪ガレージ (神戸市内)
  使用車両 2003年型 カワサキ ZX-6RR

新しいイベント企画として、オーナーの持ち込み車両をオーナーの意向に合わせて、整備や調整セッティングを一緒に行ない、その内容や画像、整備やセッティングした結果やオーナーの感想文などを広く発表する『 整備&調整セッティング記録会 』 を始めます。

これにより、普段は滅多に見聞きしないオートバイ整備の常識や非常識、実践的なセッティングの進め方などを、興味を持つ全国の多くの方と共有したいと考えているので、不明な点や日頃の疑問など遠慮無く連絡して欲しいのです。

では、早速に車両・ZX-6RR での報告をしよう。  


【 作業車両の背景

2003年型・カワサキ ZX-6RR。
             (画像は姉妹車の ZX-6R)

カワサキが他社に追随して発売した
本格的なレーサーレプリカ車。一般
公道用(一般ライダー用)には
ZX-6R (636 t)が発売され、
今回の車両・ZX-6RR はレースに
参加する人の為に造られ、サーキッ
トで高い性能を発揮する様にファイ
ナギアルや各部が変更された車両
(600 t)です。


【 作業車両の現状と懸念 】

オーナーは数多くのオートバイを乗り継ぎ所有していて、整備への関心と知識は人並み以上に持っている人です。今回も ZX-6RR用の英文整備マニュアルは準備済みで、整備上の必要なスペック確認には問題ありません。

しかし、現状の車両・ZX-6RR はノーマル状態ではない事が気掛かりです。

先ずはハンドルが純正の高い前傾度を求めるタイプから、同じクリップオン式でもアップハンドル仕様になっている事と、ドライブギアとドリブンギアが交換されて、純正のハイギアード仕様(ロング)からロウギアード仕様(ショート)に変更されている事が心配です。
ハンドル位置とファイナルギア(ドライブギアとドリブンギア)の変更は、車両本来のバランスを大きく崩す可能性が高く、レース用に仕様設定された車両であれば影響が更に大きくなる事が懸念されるのです。

しかし、オーナーの意向でハンドルとファイナルギアを純正状態に戻す事は選択肢になく(純性部品は所有していない)、車両のバランスがどこまでとれるのだろうか?
まあ、実際にやってみよう!


【 現車の確認 】

朝9時、オーナーと挨拶を交わし、現車を確認する。
2003年型、中古で入手している車両、ワンオーナーで大切にされてきた車両とは異なり、車体各部に転倒の補修の跡が目立ち、補修レベルは高くなくプロによる作業ではない。
ハンドルは、アフターマーケット品を使ってクリップオン形式のままアップ仕様に。
それに伴いハンドルと干渉するアッパーカウルとスクリーンは大胆(ラフ)にカット。
カウル等の外装の整備レベルの低さは目立つが、肝心な機械部分についてはメンテナンスした形跡は少なく、低いコンディションレベルを戻すだけで印象は変わるだろう。


【 オーナーとの相談 】

事前に交換部品の相談を受け、各部のゴム部品の発注手配を依頼はしていたけど、当日持参された部品はフォークオイルだけ。

これによって、作業内容はフロントフォークの分解整備の他に車体各部の整備となる。
しかし、車体各部の整備だけで十分に大きな変化があるだろうし、必要な整備を車体各部で行なうとすれば一日の作業では到底足りないから、今回は主にフロント周りの整備と決まった。


【 走行確認 】

作業の前に車両を走行させて
状態を確認する事はとても大切
です。

オーナーが走らせる姿(車両の
走行時の動き等)を観察すれば、車両のコンディションや歪みが
判りますし、実際に低速で試乗
すれば整備や調整が必要な箇所
が見えるものです。

走行確認する前に、前後のタイ
ヤのエア圧をオーナーの指定圧
で調整する。
タイヤはピレリディアブロコル
サ・ソフト。温度に神経質なハ
イグリップタイプで、製造時期
が2009年2〜3月と有効な賞味
期限は過ぎているから、今の時
期は特に深いバンク角は求める
事はできない。

次に、オーナーの体重に合わせ
てリアサスペンションのプリロ
ード(初期荷重)を調整する。
調整前はオーナーの体重に対し
て大き過ぎるプリロード(荷重)設定で、体重80sを超える現
オーナーでさえそうなら、過去
のオーナーも走って楽しめる状
態でなかっただろう。

       (画像は オーナーに合わせて
          プリロード調整中の図です)

  

     
走行確認ができる安全な場所へ移動。

水平な路面を1st ギアで時速10q程度で定速走行して、観察するポイントで急加速する。その際のリア車高の変化やスイングアームの動き、エンジン音、そしてオーナーの感想も確認して、リアサスペンションのプリロード調整によるバランスは合格点だと確認できた。



続いて、フルブレーキングでフロントサスペンションの残ストローク量をチェックすると20oだった。整備&調整セッティングの後、この残ストロークを幾つに設定するかがセッティングの肝になるのだ。

    
そして、オーナーの走行で低速での右と左のターンをチェック(観察)すると、明らかに左右でターン特性に差がある。原因はフロントフォークの捻じれ(歪み)だろうか? 分解してチェックすれば判るだろう。

オーナーは、事前のリアサスペンションのプリロード調整により、とても乗り易くなったと言うが、僕が試乗してみると乗って楽しい車両状態ではない。特にフロント周りのマナー、特に方向安定性が良くない事を確認する。
整備だけで改善できれば良いが、調整セッティングでフロントの方向安定性を高める処置の必要性を実感・確認した。

さあ、ガレージへ戻って作業を始めよう。


【 整備開始 】

カウルの脱着は手間なので、オーナーにそれら全ての作業を任せて、フロントにジャッキを掛け、フロント周りの分解に入る。

ブレーキキャリパーは要クリーニング。
続いて左右のフロントフォークの脱着作業に入って異常を確認。本来ならば、すっと脱着できる状態にしても、何故かすんなりと真っ直ぐに抜け出てくれない。(この車両は倒立フォークだが、正立・倒立の関係無く抜けるものだ)

脱着作業の前に、専用工具(妖怪棒)を使ったチェックで、フロントフォークの捻じれ(歪み)は確認できていた。

    


しかし、フォークが抜けにくい症状から、それを固定・保持しているボトムブラケットに変形があるのかも知れない。この時は、この車両の事故前歴の痕跡だとは確信を持てなかった。


【 フロントフォーク 】

現車のフロントフォークは KYB(カヤバ)製だ。

僕の愛車 ・トライアンフも同じメーカー 製なので、所有している分解用の特殊工具がそのまま
使える。


 
が、久しぶりの作業の為、多少悩みつつオーナーの協力を得て無事に分解を終了。



ところが、抜き出したフォークオイル
の色が左右で違う。
左右のフォークで分解整備(修理?)歴
が異なる様だ。







     
トップキャップ、スプリング、アウターチューブと分解清掃するが、ダンパーユニット(カートリッジ)は固定用ボルトのガスケットの準備が無いので外さずに作業を進める。
同じ理由で、ダストシールとオイルシール、メタルの交換作業も無しだ。
     
   
ダンパーユニット(カートリッジ)内部の汚れを減らすため、新フォークオイルを適量注入してダンパーロッドを充分にストロークさせた後にオイルを排出する。
  

 
いよいよ、フロントフォークの組立てに入る。
使用するオイルは当然純正指定のKYB製。オイルの注入量はマニュアルで指定量は確認するが、正確な調整作業では意味はなく、オイルレベルの指定値だけを参考にする。

なぜなら、マニュアルに書いてある オイル量はフォークのメーカーでの設定値だからだ。全ての部品を新品から組み上げる時には必要になるけど、分解整備の時には全てのオイルを抜ききってしまう事は出来ないから、マニュアル通りにメスシリンダーで計測して入れると、本来指定されているオイル量よりも多くのオイルを入れてしまう事になり、間違った整備になってしまう。
(つまり、メスシリンダーはフロントフォークの分解整備にはさほど必要は無い)
メスシリンダー使用法ではなく、オイルを入れてからフォーク内部(ダンパー/カートリッジ部など)に溜まっているエア(空気)を抜いた後、メーカーが指定するオイルレベル量に合わせる方法の方がベターだ。

ベストで間違いない方法は、フロントタイヤの方向安定性に大きな影響を与える「トレール量」を重視した方法で、限界時のトレール量の確認に繋がる「残ストローク量」を計測して、分解整備前と同じ残ストローク量になる様にオイルを抜いたり追加する処理をする方法だ。
  
≪ 今回も当然、残ストローク調整法で行なう方針 ・ 詳しい原理や手法は改めて別項で解説の予定 ≫



ここで、オーナーとの相談に入る。

メーカー指定のオイルレベルは 110oだが、残ストローク量を 20oから一気に 40o程度へ増やしてフロントタイヤの方向安定性を高めるために、オイルレベルを90o (110 - 20)にしての組立ての提案をした。

オーナーに対して、フロントフォークの整備で最も大切な事柄は、指定通りにフォークオイルの量を交換する事ではなく、最適な残ストローク量になる様に調整する事だと説明すると、納得はしてくれたが充分に理解は出来ていないだろう。

続いて、分解前は 20 o だった「残ストローク量」を大幅に大きくする提案をした。最初は25o への変更しか許可が出なかったが、残ストローク量とトレール量、方向安定性との関係を時間をかけて説明して、車両組み立て後でも簡単にフォークオイルの抜き取りが可能な事を説明して、ようやく 残ストローク量 40o への変更(トライ)に了承を得られた。組立後の彼の感想が楽しみだ。

≪ オートバイ整備販売店だけでなくサスペンション専門メーカーさえも、残ストローク量 = トレール量 = 方向安定性という大切さを理解していない程だから、彼が理解できなかったのも無理もない ≫


【 ステムベアリング 】

フロントフォークを脱着すれば、ステムベアリングの分解チェックは必須作業だ。



何故なら、ステムベアリングはオートバイに数多く使用されているベアリングの中で最も不適切な設計環境で使われ、不適切な整備方法が指定されているため、殆ど全てのオートバイで“問題”が発生している箇所だからだ。

実際に分解を行なう。
ベアリングは回転する箇所に使用される部品で、金属とそれを潤滑するグリス(油)で構成されているが、確認してみるとグリスがやせ細って本来の役割が期待できる状態ではなく、ボールと接触するレース部には打痕が若干ある。が、オーナーの意向と準備の関係で交換はせず、古いグリスを拭き取って新しいグリスを詰めて組み上げる。

≪ エンジンオイルの定期交換だけでなく、車体各部のグリスの交換に気を配る人が多くいたら喜ぶオートバイが確実に増える.。しかし、そんな常識を伝えて啓発する専門誌さえ殆ど無い。これが、世界4大メーカーがある国の現状 ≫

     

   
そして、一番大切なのがベアリングのクリアランス(隙間=ガタ)の調整だ。

ステムナットの締め付けトルクを色々と変更して(クリアランスを変更)し、アッパーブラケットを仮組みした状態で、オーナー自身の手でガタが無くステム(ハンドル回転軸)のフリクション(摩擦)が最少になるポイントを確認選択をしてもらい、次にアッパーブラケットをきちんと装着固定して完了だ。

 
メーカーを問わず、マニュアルで指定されるステムナット締め付けトルクは、ダブルナットで固定する設計と同様に前時代の遺物だ。

ステムブラケット(アンダーブラケット)を確認していて発見した事。
フォーク固定用ボルトが左右で異なっている。左側は純正ボルトだが、右側はホームセンターで売っている様なボルトだ。
オートバイの数多くあるボルトの中で、最もボルトのコンディションや締め付けトルクが操縦性に影響するボルトなのに素人作業歴然だ。ネジ山のクリーニングを行ない、左右に純正と非純正を1本ずつ振り分け左右バランスの均衡を図った。


【 組み付け作業 】

ステムブラケットに再度フロントフォークを挿入する際にも スムーズに入らない。
きっと、ブラケット部に歪があるだろう。

交換こそが最善だがそれは無理なので、ブラケット内部をペー パーで軽くサンディングし、組立による車体へのストレスの 蓄積を防ぐ。
 

続いて、脱着していたフロントホイールに移る。
ここで大切なダストシールのコンディションを、オーナーにも触診を依頼して、ダストシールで一番大切なリップ部に張りと柔軟性が無くなっている事を確認してもうらう。次に、カラーを仮組みしてもホールドできない程のシールのリップ部が摩耗している事も確認した。本来なら即交換モノのコンディションだが、無い袖は振れない。内部に残っている古いグリスをクズが出にくいティッシュ(キムワイプ)で取り除き清掃をして、新しいグリスをリップ部だけでなく内部に腹五分程溜めこませ、ダストシールとベアリングの長生きを期待する。
 
≪ 先にも書いたが、オートバイ販売店やタイヤ販売店がグリス交換の常識を持っていれば、世の中のオートバイ達は好調を持続し、重要な部品の損耗を抑えられ、誰にとっても大きな喜びになるだろう ≫
 

アクスルシャフトを装着後、アッパーブラケットのフォーク固定ボルトを仮締めして、フロントジャッキを降ろしてフロントホイールに荷重を掛けた後、“妖怪棒”を使ってフォークの整列を取る。
調整の後はボトムブラケットのフォーク固定ボルトを指定トルク・20 Nmで固定。次にフロントタイヤを接地固定したままフォークをストロークさせ、フォークの左右間の平行を出し、その後でアクスルシャフト固定ボルトを指定トルク・20 Nm で固定。最後にアッパーブラケットのフォーク固定ボルトも指定トルク・20 Nmで固定。より大きな力が加わる大切なボルトから順に締め付けるのは、エンジンマウントボルトなどフレーム関係でも共通の原則だ。
  
全ての作業を完了して、リア(レーシング)スタンドも外してサイドスタンドで立てる。

いつも感じる事だが、当たり前の整備を順序正しく適切に行なうとオートバイは軽くなる。今回も、サイドスタンド状態からオートバイを立てただけで別の車の様だ!
オーナーも立てる動作だけで軽くなった事を体感し、押し歩きすると更に実感した様だ。
  
殆どのオートバイはストレスが蓄積して“コリ”が溜まった状態だから、今回の作業の様にフロント周りだけでも、正しい整備で車体からストレスを取り除くだけで確実に軽くなる。リア周りも整備すれば更に軽くなる。そして、フレーム全体をやればもっと軽くなるのだ。


【 試走確認 】

外は暗くなった 19時、最後にオーナーによる試走確認だ。

出発して帰ってくるのを待っていると、街角を曲がってくる姿が朝とは違う。オートバイから来る恐怖心、不信感が減り、安心感が増している様に見える。残ストローク量のアップ=トレール量の変更&確保も効いている様だ。
  
残る作業、適切な残ストローク量への調整、1G’(乗車時)のフロントとリアの車高バランスの確認は、オーナーの試走と感想文を待ってから行なう事になる。
  
  
【 最後に 】

最適なバランス調整や適切なセッティング作業は、1〜2時間の作業で済む筈がありません。
何故なら、整備作業によって車両の状態を新車状態かそれ以上の本来の状態に戻した後でようやく行なえる作業だからです。
  
次の機会には、リア周りの整備(スイングアームの脱着整備、リアサスペンション周りの脱着整備、ハブダンパーの交換など)とエンジンマウントボルトの整備を行なえると良いですね。
最低でも12時間程度の作業で、その後に行なう調整セッティング作業ではキリが無いほどに細かい作業が続くのです。

 



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