【 MT−09 妖怪ガレージに持ち込みたい 】という要望を受けつつ、
ウイルス禍による社会情勢(要請)の変化にも対応しつつ、ようやく
実現した持ち込み企画は「整体コース」の実体験でした
※ 受けた質問と回答の内容は、上の画像をクリックしてご覧ください
『 妖怪ガレージ・持ち込み企画とは? 』
“ 妖怪ガレージ・持ち込み企画 ”とは、代表・小林の整備専用ガレージを利用して、希望する方のオートバイを、オーナーの要望に合わせて徹底的に精緻な整備を、オーナーの理解と作業で実現する、本格的な実践整備を行なうイベントです。
今回の要望は、状態は新車にかなり近いMT-09 の中古車を購入した方・Kさん(仮称)から、大きなオートバイの整備も覚えておきたいというものでしたので、[整体コース]を行なう事を勧めて実現したものです。
『 最初に考えて、次に手を動かし、体感する 』
妖怪ガレージの目的は、オートバイの整備を行なう事ではなく、オーナーさんがオートバイの部品一つひとつの役割や事情を考え、一緒に意見交換して、理解を深めて、それから実際にオートバイの状態を分解しながら状況確認をして、それから部品達にとって一番快適にいられる状態へ整備作業を行なってもらう事です。
当日、妖怪ガレージに到着したオーナーに依頼した事は試乗でした。妖怪ガレージ周辺の市街地を何度か同じコースを決めて走り、ガレージ入庫前の状態を身体で覚えてもらう事でしたが、予想外に 30分と長めとなった試乗の後で入庫して作業開始です。
以下、当日行なった項目の中で、理解が進まなかったり話題になった箇所をピックアップして紹介します。(当日、撮影を失念していた為、画像はありません)
1. フロントホイール周り
持ち込まれた MT-09 現車には 3月に試乗させてもらえる機会があり、全体のコンディションは中古車とは思えない程に良くて、基本的なアライメント(整列・整体)に問題となる様な狂いも感じられない程に少ない事は確認済み。とは言っても、フロントサスペンション全体をジャッキでリフトアップさせ、左右ブレーキキャリパーとパッドを取り外し、フロントホイールを取り外してから質問&レクチャー&作業開始です。
フロントホイールを固定しているアクスルボルト周りの整備に入る前に、オーナーへ質問をしました。「オートバイを構成する要素・材質を大きく分類すると何になりますか?」と。「金属、オイル、樹脂、ゴム」とほぼ妥当な答えが返ってきてから、改めて質問をしました。「その中で一番劣化しやすい順番に言ってください」
人によって視点や理解の仕方が違うので正解はありませんが、一つひとつの部品がどの要素・材質であるかを最初に考え、次に何の為にあるのか? 隣の部品の要素・材質は? その部品の劣化を防ぐには? と考える事が整備の基本だと伝えましたが、恐らくここまでは半信半疑、でも、覚えなくては! というレベルだったのかも知れません。
そこで、取り外したフロントホイールの中央・ハブ部から金属部品・カラー(アクスルカラー)を取り外して、それと接触していたゴム製シール(オイルシール/メーカーによってはダストシールと呼んでます)の役割を尋ねました。
そう!ホイール内部にあるベアリングへの汚れや水の侵入を防ぎ、ベアリングの劣化を防ぐのが一番の役割ですが、その役割を果たす為に大切なカラーとの接触部のコンディションを確認してもらって、さほど走行距離が進んでいない車両にも関わらず シールとカラーの接触によってカラーには摩耗によって発生した溝(条痕)がはっきりと残り、ゴム製シールと金属製・カラーとの関係を良好に取り持つ役割のオイル(グリス)は既に劣化している様子になっている事を確認してもらいました。
実は、このMT-09に限った事ではないのですが、新車状態のままで走行を始めた車両で一番早く劣化する箇所がこのベアリング周りの部品なのです。しかし、定期点検やタイヤ交換時などに必要で正しい整備を行なわれる事は滅多に無く、そのまま劣化が進むか、分解整備の度に劣化の速度を速めているのが多くの車両で見られる現象で、二輪業界全体の作業意識レベルの向上が強く求められる箇所の一つなのです。
オーナーさんの理解が進むのを待ってから、カラー表面に既に刻まれてしまった条痕の深さを触って確認してもらい、次にオイルシールで一番大切な接触部(リップ)を指で触って、そのリップ先端の尖り方や弾力性を指で覚えてもらいました。当然、真っ新なオイルシールの尖り方や弾力性と較べると劣化はありましたが、充分に良い状態を保っていたのでオーナーには伝えなかった事があるのを今になって悔やんでいます。
というのは、ガレージ内には、オイルシールを新しく交換して実走 2000q程度のホイールがあったので、その状態との比較を指で覚えて貰えれば良い体験になったと後悔しているのです。その上、そのオイルシールは一般市販されている規格品の中で最も低フリクション仕様ですし、同時に交換装着しているベアリングも同様に低フリクション仕様だったので、市販車に使われている部品との違いを確認できるだけでなく、市販車両で時々見られるきつ過ぎるベアリング圧入でベアリングの動きが悪い状態などの実体験・確認も一緒に行なえる良い機会だったのでした。残念でした。
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とは言え、古いグリスをオイルシール内側まで綺麗に拭い取り、新しいグリス(シリコングリス)をシール内側まで指で丁寧に充填させ、カラーも同様に綺麗に汚れを取り、オイルシールのリップ部と接触する箇所には薄くグリスを塗布して、それからホイールへと組み込んだ時、オーナーさん自ら分解整備前との違いを指ではっきりと体験できたようです。
これで、ゴム部品、金属部品、そしてオイル(グリス)のそれぞれの役割と整備の意味を少しは理解してもらえたと私も実感できました。
2. ブレーキキャリパー周り
折角、取り外したフロントブレーキキャリパーですから、キャリパー周りの簡単な整備も行なってもらいましたが、キャリパー整備は人によって様々な流儀が存在している事を最初に説明をして、今回は妖怪ガレージ流儀というか、一つひとつの部品の役割と要素・材質を考えてもらう事から始めました。
軽整備に留める方針の為、ブレーキピストンの取外しは行なわなかったので、オーナーさんにキャリパーを構成する部品とその材質を答えてもらいました。すると自動的に、金属部品のピストンとブレーキ液を漏らさない為に内部にある オイルシールとダストシールの両ゴム製品の存在と事情を想像まで進んでもらえたところで作業例を見てもらいました。
ピストンプライヤーでピストンを一つひとつ引き出して、回転させながら清掃を行ない、ゴム製のシールとの関係を良好に保つ為のオイル(専用潤滑剤)を塗布して、それからシールのリップ部とピストンとの間に塗布させる様にピストンを揉みこむ作業を片方のキャリパーで見てもらいました。この時、ピストンやキャリパーについた汚れを水洗いする方法で注意すべき点や、パーツクリーナーなど溶剤を含んだ洗浄剤を使用する危険性も一緒に説明をしました。妖怪ガレージでは 水洗いする事なく、当然洗浄スプレーはご法度で、すべて手作業で進めます。この作業を行ないながら言った言葉は「ピストン清掃は歯磨きと同じです、一日一回以上の歯磨きが当然ならば、せめて1000q 走行の度に一度は清掃しましょう。そうすれば ピストンに歯垢はつきませんから」でした。
すると!即刻オーナーさん、何も言わずに右側キャリパーの整備を始められたのです。きっと、これでキャリパー軽整備作業は確実にこなす事ができるでしょう。
3. ブレーキパッド
キャリパーから取り外したブレーキパッドの背面には鳴き止め用のグリスがたっぷりと塗られていたが、困った、こんな鳴き止め用途のグリスは持っていないし、使用する妥当性は殆ど私には理解できない。オーナーさんの意志による塗布でない事を確認してから、パッドの状態理解と整備についての講座を始めさせてもらった。
ブレーキレバーを動かすとキャリパーのピストンが動き、パッドが押されてホイールについたディスクローター(ブレーキ板)を挟み込んでブレーキが掛かる事は理解されている事を前提にして尋ねました。「キャリパーとパッドのどの部分に一番大きな力が掛かりますか? ぱっどを支えているパッドピンですか?」と。すると オーナーさんは聡明でした。パッドとキャリパーが接触する部分、ディスクローターの回転方向に従って、パッドの前方側面がキャリパー内側面に当たる箇所にブレーキの力の全てがかかる事をご自身の力で導き出してもらいました。
そこで、そのパッド前方側面とキャリパー内側とが当たる面を目と指で確認してもらいました。このメーカーの製品の金属表面加工について改めて実感させられたのですが、大切な箇所の金属表面加工のレベル(作業指示)は他メーカーより1〜2段階は上だと思います。フレームのエンジンマウント部で以前強く実感させられましたが、今回自社製キャリパーの一番大切な表面加工レベルを指で確認しましたが、フレームで実感した時と同様に高いレベルを実感し、その事をオーナーさんにも説明をして実際に指で表面仕上げのレベルの高さを確認・体験してもらいました。
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そうやって本題です。パッドの金属表面精度の低さを確認してもらったのです。
パッドの金属部は、製造コストとの兼ね合いから決して理想的な形状や表面精度になり得ない事を金属部品の製造方法を想像して回答してもらいながら進めました。そして実際にパッドの金属部の目視確認に入りました。
方法は簡単です。オイルストーンという研磨剤を使ってパッド金属部の表面を軽く研磨してから、その表面の研磨状態を見てもらったのです。オイルストーンの摩耗度や研磨方法によって偏りが発生しますが、研磨方向や研磨時の力の加え具合で均等に近い平面にする事は可能です。が、軽い研磨後のパッド金属表面は平面研磨に至らない場所が多く、ピストンとの接触部でも均等に接触せず、折角高い精度でピストンが平行に動作しても、パッドが均等な力で動作しない事は一目瞭然でした。 そして、私がそれ以上に重要視する金属表面はキャリパーとの接触面です。その面もパッド金属の平面に対して直角に軽くオイルストーンで研磨してからオーナーさんに見てもらいましたが、軽研磨後でもプレス過程によると思われる金属端部の反りが残り、あの強大なブレーキの力がその面に全て掛かる事を想像すれば、適切な平滑な平面でキャリパーと接触できない事を理解してもらえた様です。
実際、これらの作業を緻密に行なうのが この企画の目的ではなく、他の約束していた作業工程もあったので、さっさと左側キャリパーを組み上げて装着したのですが ・・・、オーナーさん、何も言わず、パッドを手にオイルストーンに向かってせっせと二つの平面の研磨をされていました。 きっと、働きを理解し、製造工程の事情も考慮しつつ、少しでも部品本来の形にしてやりたいという気持ちが強く芽生えての事だったと思います。とても良い事です。
実作業よりも質問や一緒に考える時間が多いのが妖怪ガレージ企画の特徴。
手を動かすよりも口を動かす時間(お喋りとも言えますね)が多いのです
が、体感も大切にしています。
フロント周りは フロントフォークの整列の後、適正トルクで適正な順番で
フォーク固定用ボルトを締め付け、その後、エンジンマウントボルト全て
を一旦緩めてからエンジンに軽く衝撃を与えて座り直させてから、ここも
ボルトの締め付け順番をオーナーに問いながら完了して、ここまでの成果
(変化)をオーナーに試走で確認してもらいました。
暫くして戻ってきたオーナーさんが言いました。「あまり分からない」
半分は予想していた回答だったので、少しも気落ちしている様子は見せず、
さあ、残るは車体後半部の整体コース開始です。
4. チェーン適正調整と、前後タイヤ整列
自分自身の車両の事なら、チェーンやスプロケット、オイルシールに最も余分な負荷やフリクションを与えず、最適な働きをしてもらう為に調整する術やそれの数値管理を行なっているが、車両メーカーの整備指示(整備専用のサービスマニュアルさえも)適切な整備指示や正確な数値指示がしていない箇所が このチェーン調整方法だし、 前後タイヤ整列無視のマニュアルだ。
実際にメーカー系整備工場でさえも横行している誤整備が散見されるのがこのチェーン調整であり前後タイヤ整列だから、今回の MT-09 のコンディションが良いと分かっていても、この箇所について正しい整備がされている事は全く期待もしていなかった。
さあ、いよいよチェーンの適正調整へと移る段階になって、オーナーから一声が挙がりました。
「この間、6ヶ月点検に出したばかりですが ・・・」と。
どちらかと言えば無口なオーナーさん。尋ねもしないのにそんな事を言い出すなんて、それまでの雰囲気から、6ヶ月点検に出したばかりだから触らないで! というのではなく、何か後ろめたい様な雰囲気一杯だった。(詳細は Kさんの感想文をご覧ください)
そこで、リアを整備用スタンドでリフトアップさせたままの状態でチェーンに軽く触れてみると、「全く遊びが無い!」 ・・・ 半ば予想していたとは言え、これは整備ではなく車両を破損へと導くだけではなく、リアサスペンションの適切な動作を妨げてタイアのグリップを損ない、状況によっては転倒を招く危険な状態でした。が、新車購入された他の人の車両でも散見してきた事ですから、「遊びが 〇〇 〜 △△o 程度に」という 50年前から変わらぬ整備指示をしてきた車両メーカーと チェーンの初期伸びが普通だった 30年前までの古い常識を疑わずに 現在の品質のチェーン整備に行なっている結果で、実際に破損や事故などが発生していてもおかしくない状況と言えるのです。
と、まあ、オーナーさんは弊害をある程度理解していらっしゃったので、早速に作業開始。
チェーンの適正調整の際、一番最適な方法はリアのサスペンションの一部を取り外してスイングアームの動きを自由にしてから行なう方法ですが、今日はそこまで精緻な作業を行なう企画ではないから、人間荷重方式を行なう事になった。
人間荷重方式とは、車両を直立させた状態でシートに二人か三人乗ってスイングアームを上方へ動かし、チェーンの遊びが最少になる位置でチェーン調整をする簡易調整方法の事。丁度、朝から見学で参加の人の協力(強制?)も得て行なう段階で嬉しい事がありました。それは オーナー自らチェーンの遊び調整をすると言ってくれたのです。
というのは、二人乗車してスイングアームを動かしても、チェーンが最も張る(遊び最少)位置になるとは限らず、スイングアームの動きとチェーンの遊びを見ながら、体験と勘が頼りになる作業だったので、最適なのは オーナーと見学の方に乗車してもらって私が調整する方法だったのですが、オーナーに実作業を体験してもらうのがそれに勝るのです。
そうして、右側のチェーンアジャスターによるチェーン調整を行なった後には、右側のアジャスターによる前後タイアの整列作業です。前後整列の調整作業用のゲージを前後タイヤ側面に装着して目視で狂いの量を確認しながら進めるという、非常に低コストで且つ高精度に行なえる作業は オーナーさんの理解も早く、何も言わずに 右側アジャスターを調整して リアホイールアクスルボルトを締めて確認、そして右側アジャスターを調整して、アクスルボルトを締め直してという作業を黙々と アジャスターを調整する角度に注意を払いながら何度か進めて、ほぼ 前後タイヤが整列する所まで到達しました。
しかし、妖怪ガレージで大切にしている事はこれから先に行なう作業です。
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適正チェーン調整を行なった後、車体を直立させた状態(1G時状態)そして サイドスタンドで駐車させた状態で、スイングアーム中央部とその下部の チェーンとの間隔をメジャーで測定・記録しておく事を勧めています。これが肝心です。
以前と較べれば殆ど伸びなくなったチェーンだと言っても定期的には確認したいものです。そんな時に、適正チェーン調整をした際に測定しておいた数値を参考に較べれば、どの程度調整が必要かが判断できますし、実際の作業も一人で行なえます。
そうやって、左側アジャスターで適正チェーン調整をした後は、その調整の際にアジャスターを回した角度と同じ角度だけ 右側アジャスターで調整すれば前後タイヤ整列に大きな狂いは発生しないのです。
もちろん、アクスルシャフト固定時などには シャフトを前方へと押し付ける力を掛ける工夫などが必要になりますが、決して 曖昧で不正確な アジャスター部の目盛を頼らなくて良くなり、とても安心できるでしょう。
< ※ 適正チェーン調整と前後タイヤ整列は、別途コラムで解説の予定です >
『 作業終了後、試走結果は? 』
以上、「整体コース」の内容に沿っての報告です。
ここまで読んで、「画像も無いので、どの部品をどう整備したのか分かり難い!」と思った人はその通りです。しかし、そう思った人は「整体コース」の真の価値を理解していないと言えます。
確かに、どこの部品はこういう調整をして、あの部品はここを注意して作業をする。という様な解説があれば具体的に理解できると誤解もするでしょうし、その様な解説書や解説記事も多く見かけますが、どれも“一見 正しく見える事”ばかりで、本当のところは 一つひとつの部品の材質や隣の部品の材質などを考慮せず、一つひとつの部品の幸せに言及していないものばかりです。一つひとつの部品の幸せを一緒になって考えるのが「整体コース」の真の目的ですから。
さて、そんな「整体コース」の作業を終えて、Kさんが 3回目の試乗に出掛け、帰ってきて初めに発した言葉を紹介すると、「三つあります。一つは 信号で止まる時に真っ直ぐにふら付かずに止まれる様になった。二つ目は *****(失念しました) そして三つ目が リアサスペンションが上下に動いているのが分かるようになった」でした。
そのどれもが当たり前の整備を正しく行なった結果ばかりで、はっきりと違いが出たという事でした。この Kさんから 帰宅してから妖怪ガレージで感じた事を「感想文」にまとめて書いてくれていますので、是非! ご覧ください。
同時に、妖怪ガレージ・持ち込み企画に興味を持って、見学参加された方からの「感想文」も一緒に掲載していますので、併せてご覧ください。
※ 妖怪ガレージ・持ち込み企画は、オートバイとの良い付き合いを求める、熱い気持ちの方
の要望に合わせて、随時開催します。 希望される方は、先ずその熱い気持ちを 事務局宛
にお寄せください。
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