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6/17『 妖怪ガレージ・持ち込み企画 』

「 最も敏感でデリケートなベアリング 」


開催日

2020年 6月 17日 (水)

開催場所 妖怪ガレージ (神戸市)




 【 妖怪ガレージでタイヤ交換したい 】という要望を受け、6/7
開催した企画でやり残した フロントフォークの分解整備を予定
していたものの、オーナーさんの意向により、ステムベアリング
の整備を行なう事に。さて、当日はどうだったのでしょうか



※ 受けた要請の内容は、上の画像をクリックしてご覧ください

  



『 人間の感覚に一番影響するベアリング

ステムベアリング ”は、ハンドル(ステアリング)中央部の軸に取り付けられていて、ハンドルが左右に滑らかに切れるのに欠かせない部品で、オートバイが操縦性や安定性を保つのに最も大切な部品の一つです。更に、ライダーにとっては一番近くにあるベアリングですから、その動きの良し悪しはライダーが手にするハンドルを通じて常に敏感に感じ取っているので、その整備と調整はオートバイの正しい動きを引き出して、私達が気持ち良く安全に運転する為にとても大切な事です。
  
しかし、車両メーカーを始めとして販売店や二輪専門メディアは“ステムベアリング”整備や調整の重要性をさほど重要視しておらず、実際に販売店でも整備される事は稀です。そして、私達・ライダーの多くもステムベアリングの整備や調整の必要性を知らず、それが オートバイ本来の楽しさを味わう事からライダーを遠ざけ、時に転倒など安全性を損なう事態を招いている事は強く主張してもし切れない程です。

ステムベアリング整備、妖怪ガレージ・持ち込み企画_1
( 上図のマークした箇所に ステムベアリングが上下2セット組み込まれています )
 

【 チェックポイント! 】
そう指摘する理由は二つあります。
一つは、ステムベアリング は、数多く使われている ベアリング の中では、最も最適な使用環境で使われる設計になっていない事です。ベアリングは回転する部品を支える役割を担っていますが、ホイールベアリングの様に回転を続ける部品(ホイール)の様に、連続して回転する部品で使用する場合が最もベアリング内部の偏摩耗を防ぎ、オイル(グリス)による潤滑も均等に行なわれるので性能劣化が小さく長寿命です。一方、ステムベアリングの場合には、連続した回転動作は無く、性能劣化を招きやすい使用環境だからです。

二つ目は、ベアリング組み込み時の荷重(締付け力)が大き過ぎる事です。ベアリングの組み込み荷重は、ベアリングが適切な動作をする為に、余分な遊びを無くす為に必要ですが、車両メーカーが整備マニュアルで指定している荷重(締付けトルク)は遊び除去の目的以上にベアリングに過剰な負荷を掛けている例は多くあります。実際、新車から間もない無事故の車両のステムベアリングの点検・整備を行なった時、ベアリングのレース部(内部のボールなどが転がりながら移動するのを支える部品)に製造時の過剰締付けトルクが原因と思われる傷(打痕)があった車両も少なくない程です。これは、推測ですが、50年前と大きく変わらず継承されている設計と構造の箇所なので、当時と変わらない組立・整備マニュアルも継承されている事が原因だと思われます。50年前とは異なり、ベアリング等の寸法精度や品質は圧倒的に向上しており、それに合わせた整備や調整が強く求められ、勧められるべきなのが“ステムベアリング”です。





『 オーナーさんの主な整備履歴 』

 □ オーナーさん : M(仮称)さん
 □ 持ち込み車両 : ホンダ VTR 250 (2000年型)
 □ 主な整備履歴 : オーナーさんがこの車両を入手してから、ステムベアリング は 2度交換
         最初は、ショップの勧めで ノーマルから別形式(テーパーローラー型)に
         交換し、2014年に“妖怪ガレージ”にて オーナー自ら ノーマル(標準)
         の ステムベアリングへ交換
 □ 備考・考察  : 2014年の交換以降、私自身何度か試乗経験はあり、ライディング講習
         ビデオ撮影車両として借用時にも異常は感じられなかったが、オーナーさん
         にとっては 2014年以降ステアリング周りで違和感を感じていて、今回の
         整備企画の要請となったとの事です


     ・・・ では、当日行なった作業を、作業の順に画像を交えて報告します





『 当日の作業内容 』

1. ステアリング軸(上下ヨーク)の取り外し   
 
ステムベアリングの整備・調整作業は、一見して大がかりな作業に見えますが、適切な工具と場所さえあれば殆どはシンプルな作業ばかりです。ただ、ベアリングの状態の確認作業とベアリングに掛ける組み込み荷重(締付けトルク)の調整には細心の注意を払う必要があります。

車体前部をジャッキアップして、フロントホイール、フロントフェンダー、そして フロントホイールを外せば、いよいよ、ステムベアリングが組み込まれている 上ヨーク(通称:アッパーブラケット)と下ヨーク(通称:三つ又 / ボトムブラケット)の取外しです。


ステムベアリング整備、妖怪ガレージ・持ち込み企画_2

上ヨーク(アッパーブラケット)を外すと見えてくるのが アジャスティングナット で取り付けられている 下ヨーク(ボトムブラケット)の頂部が現れます。この アジャスティングナットの締付けトルクの細心で微妙な調整がオートバイの動き(操縦性と安定性)を変え、私達・ライダーとオートバイとの親密度や理解度を大きく左右するのです。

(アッパーブラケットにはメーターやライトが固定されているので、天井側からユニット全体
 を吊り下げ、作業性の確保と計器・補機類のストレスを防いでいます)

ステムベアリング整備、妖怪ガレージ・持ち込み企画_3  
下ヨークを外した後、ベアリングの各部品の状態を確認しています。ベアリングの主要部品である ボール (転動体 / 真珠みたいに見える玉)には傷や欠けは無く問題は無かったようです。
(30年以上前はこのボールが摩耗・欠損した例は珍しくなく、最近は精度と品質、強度が核段に向上しています)

一方、ベアリングを構成するボール部以外の部品、ハウジング(通称:レース)は更に大切な作業です。というのも、最近では ボールの硬度・強度の向上に伴って ハウジング側が破損する例を実際に多く目にするからです。
 
ステムベアリング整備、妖怪ガレージ・持ち込み企画_4  
 


  
2. ベアリングの点検
 
ハンドリングの違和感を感じていたオーナーさんは、その原因がベアリングにあるという想いで今回の「持ち込み企画」開催となった程ですから、ベアリングの点検で異常を発見したのもオーナーさんでした。

【 チェックポイント! 】
ハウジング側の損傷で最も目にする症例は“打痕”と呼ばれるもので、ハウジング側にボールに押されて凹んだ痕(あと)が残る破損です。常には回転していない ステムベアリングに特有の痕跡で、ベアリング(ボール)に想定以上の大きな荷重が加わる事によって発生する破損で、一旦破損が起きてしまうと、その痕跡がついた箇所でボールが引っ掛かる為、スムーズなベアリング回転ができず、操縦性と安定性を損なうのです。
その発生原因となる大きな荷重が掛かる場合は、二つ考えられます。一つは車体前部が大きく破損する様な事故に遭遇した場合で、二つ目は ステムベアリングを組み付けする際の締付けトルクが過剰な場合です。特に注意すべきは二つ目の原因で、先に述べた様に無事故で新車間もない車両の点検で打痕を確認した経験は多くありますし、メーカーの整備マニュアルで指示される締付けトルクも 私の経験上ベストと思う締付けトルクより遥かに大きな数値が指定してあるので心配をしているのです。


当然、日頃からステムベアリングに繊細な配慮をして、破損する例も聞いて学んでいたオーナーさんですから、ハウジング(通称:レース)を点検しながら声を出しました。

 「 打痕がついているみたい 」と。

ステムベアリング整備、妖怪ガレージ・持ち込み企画_5    
そんな声に促されて、ハウジング(レース)を確認すると、確かに何かの跡がありました。

ステムベアリング整備、妖怪ガレージ・持ち込み企画_6

ただ、よく見かける「打痕」は、ボールの跡なので、小さな円形の窪みになのですが、今回確認した痕跡は横に長く円形ではなく、触診しても凹みは感じられなかったので「打痕」ではないと判断しました。

その上、その黒ずんだ箇所を爪で触ってみると、その感触は歯磨きをさぼった時につきやすい“歯垢”の様な感触で、爪でこすると僅かに削り取れる様な感触でした。これは、私にとっては初めて診る症例で、その発生原因や付着物の材質も不明ですが、正常な状態ではない事は明らかです。

オーナーさんが感じていたハンドリングの“違和感”の しっぽが見えて瞬間です。


  

   
  
3. ベアリングの圧入確認

ベアリングはとても精密な部品ですから、その加工や修正は受け付けてくれません。
だから、ベアリングの整備で出来る事は多くなく、今回は 圧入状態の確認をする事になりました。 圧入とは、ベアリングに合わせて正確な寸法で作られた組み込み部に、ベアリングに圧力を掛けて挿入(または打ち込み)する作業の事です。

前回・2014年の作業での圧入処理が不十分だった可能性も考えられるので、先ずは圧入の確認作業を行ないました。(すべて オーナーさんが) 圧入(打ち込み)に使用する工具は専用工具で、ベアリングのサイズに合わせたサイズが選べて、打ち込みでベアリングを損傷させる事の無い硬度の素材(アルミ材)で作られています。 それを ベアリングのハウジング(レース)に合わせてハンマーで圧力を掛け、収まるべき場所に一分の狂いも無く挿入されているかを確認するのです。

先ずは、ステム部の上部に挿入されているベアリングを軽く圧入打撃。
 
ステムベアリング整備、妖怪ガレージ・持ち込み企画_7
 
続いて、ステム部の下部に圧入されているベアリングに軽く打撃。
すると、オーナーさん曰く、「こっちは 音が変わった!」との事。 そう、正しい位置に収まっているかどうかは、打撃を与えた時の音で判断するのです。
この経緯は、オーナーさんの「感想文」に書かれていますので、ご確認ください。
 
ステムベアリング整備、妖怪ガレージ・持ち込み企画_8
 
そして、最後は、下ヨーク(通称:ボトムブラケット / 三つ又)に挿入されたベアリングの圧入状態の確認でした。
  
ステムベアリング整備、妖怪ガレージ・持ち込み企画_9

 

  
 
 
4. ベアリングの研磨

「ベアリングの研磨?」 そうです、ベアリングの研磨と聞いて怪訝に思った人は当然の反応です。なぜなら、精密部品であり硬度が高いベアリングは、交換する事はあっても研磨する事は先ず無いからです。

ただ、今回確認した“歯垢”の様な汚れは爪先で少し削れ落ちる事を確認済みなので、研磨剤をつけたバフ(フェルト材などを重ねた研磨用回転部品)をリューター(研磨や切削に使う高回転型の電動機器)に装着して、オーナーさんに手渡ししました。
  
ステムベアリング整備、妖怪ガレージ・持ち込み企画_10
 
素材的にベアリングを痛める恐れは無いので、安心して横で見物。
最初にステム上部のベアリングのハウジング(レース)を研磨して、“歯垢”は無かったステム下部のベアリングも研磨。 オーナーさんの意欲が垣間見えるシーンです。
  
ステムベアリング整備、妖怪ガレージ・持ち込み企画_11
 
そして、研磨の結果が下の画像です。
期待通り、“歯垢”は綺麗に除去できて、ハウジングの表面に傷は無く、オーナーさんの情熱の賜物です。
 
ステムベアリング整備、妖怪ガレージ・持ち込み企画_12



   
    

   
5. 給脂と組み込み

ここまで作業が来れば、後は組み立て作業のみ。
ポイントは 古い油脂(グリス)をすべて拭い取り、新しい油脂(グリス)を隅々までしっかりと充填させて組み立てるだけです。
 
ステムベアリング整備、妖怪ガレージ・持ち込み企画_14
 
そして、いよいよ一番 慎重に行なうべき作業が ベアリングの組み込み荷重(締付けトルク)の調整です。下ヨーク(ボトムブラケット)をステム部に取り付けた後で、下ヨークを指先で左右にゆっくりと回転させ、その指先に感じる下ヨークを回転させる時の“重さ”でアジャスティングナット(別図参照)の締付けを調整するのです。
 
ステムベアリング整備、妖怪ガレージ・持ち込み企画_15


【 チェックポイント! 】
下ヨークの“重さ”(指で回転させる際の)は、アジャスティングナットを締め付けていくと、ある箇所で急に変化します。その時がベアリングのボールとハウジングとの間の隙間(遊び)が 無くなった位置になった時です。その位置から、組み込み荷重をベアリングに掛ける為に、更にアジャスティングナットを僅かに締め込むという作業がステムベアリングの動作に配慮している人々の間で一般的な手順です。 決して、メーカー指定の 〇〇 N・m という明らかに高過ぎる締付けトルクは掛けないものです。

ただし、私の様に低フリクション & 高レスポンス を望むならば、ベアリングとハウジングとの隙間(遊び)が無くなる位置からごく僅かに(1〜2度)アジャスティングナットを緩めます。というのは、アジャスティングナットの上に上ヨーク(トップブラケット)を乗せ、それから ステムナットを締め付けると、丁度、ステムナットの締付け力によって ベアリングへの組み込み荷重が最適になるからです。この方法は、ベアリング摩耗が少なく無かった30年以上前ならば適宜調整が必要でしたが、ベアリングの品質が向上した現代であれば、再調整の必要も少なく、機敏な操縦性を求める人に最適と言えますしお勧めです。
 
ステムベアリング整備、妖怪ガレージ・持ち込み企画_16







6. その他、追加作業

オーナーさんが要望したベアリングの整備以外で、ハンドリングの癖を解消する整備・調整をオーナーさんの了解を得て行ないましたので紹介します。それは、ステム周囲に添うように走っている アクセルやクラッチなどのワイヤーケーブルやワイヤーハーネス(電気配線)の取り回しを変更したり、ケーブルやハーネス表面素材を変更する処理です。

今回は、2本のアクセル 用ケーブル周囲を、「スリットチューブ」(商品名)という電気配線工事用の樹脂製カバーを装着しました。その際、出来る限り細く仕上げたいので、純正ケーブル周囲に長さ 30p に亘って巻かれていた、保護用のゴム製カバーを取り去った後に装着しています。 (下の画像の矢印で示す部品)
 
ステムベアリング整備、妖怪ガレージ・持ち込み企画_17

【 チェックポイント! 】
何故、ステム周囲のケーブルやハーネスに処理を加えるかと言えば、殆ど全てのオートバイの場合、これらのケーブルやハーネスのせいでハンドリングが重く、ニュートラルでないからです。
つまり、ステム部にジャッキアップスタンドを使わず、フロントタイヤを浮かせた状態で、下ヨークを指先で左右に回転させると、必ず 左右どちらかが重く、左右のどこかで何かが引っ掛かる様に重くなるのです。

この症状の原因は、ステム周囲という限られたエリアに、見た目の商品性向上が目的と思える程に、各種のケーブルやハーネスを小さくまとめる様に配置させているからです。その為、ハンドルが左右に回転する際、ケーブルやハーネスがステム周辺のフレームやフロントフォーク、ライトなど様々な部品と接触を繰り返し、或いはケーブルやハーネスそのものを曲げる様な力が加わる為に、ハンドル(ステアリング)の回転抵抗は左右で異なり、特定の回転位置で増減し、更に多くの回転領域で軽く回転出来ない、それが市販されている殆どのオートバイで確認できる事です。 これは、ベアリングの過剰な組み込み荷重の指定問題と同様に改善すべき箇所の一つです。



           *  * * * * * * *

『 最後に 』

実は、「ステムベアリングの整備を!」 との要望を受けた時には 少し残念な気持ちがありました。それは、元々の要望だった フロントフォークの分解整備を緻密に行なう楽しみの方が大きいと感じていたからです。 しかし、実際にステムベアリングの整備を横で観ながらサポートしてみれば、前回のタイヤ交換の持ち込み企画の時と同様に、ステムベアリング は 一見地味に感じられるけれど、随分と内容が深い整備になったと思います。良い経験でした。

きっと、多くのライダーにとってはステムベアリングの整備を依頼する機会は一生無いでしょうから、ステムベアリングの構造や仕組みを具体的に理解する機会も無いでしょう。けれど、そういう機会が全く無かったとしても、ステムベアリングの作動感を敏感に手の平を通じて常に感じ取り、それがオートバイの印象と受け取り、偏った作動性をそのオートバイの“味わい”だと誤解し、操縦性や安定性が損なわれ安全性も損なわれたオートバイに乗り続けている事は自覚すべきです。

とかく、エンジンパワーや音、そしてオートバイ自体の存在感やある意味でのプレスティッジ感でオートバイを選び、走りを楽しむ事だけに熱中するものですが、組み込まれている部品一つひとつの特性や役割を理解した適切な整備を行ない、ノーマルのオートバイをノーマルのままで数段階上の本来の姿へと蘇らせてあげる事に、より多くの人が意義と楽しみを見い出して欲しいと願っています。


                             妖怪ガレージ担当  小林 裕之





オーナーさんの 「感想文」はコチラより




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