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レジと、人との距離感と

Register, Distance between Hearts


【 はじめに 】   Foreword

僕は、人は人との交流を通じて“人”になるものだと信じています。
便利さや経済的効率に押されて、機械に囲まれて育った人は、“機械”みたいな人間ばかりになると強い危惧を覚えています。

I believe that people grow as human beings through interaction with other people. However, I fear that people who grow up surrounded by electronic devices, pushed by convenience and economic efficiency, will become machine-like people.



■ おばちゃん、これ、いくら?    Age of Candy Store


僕が幼かった頃の楽しみは、子供向けのお菓子やおもちゃが置いてある、駄菓子屋さんでの買い物だった。


 
 
ほとんどの品には値段が書いてないから、お金を握りしめたまま、店主のおばちゃんに尋ねるしかなかったが、それも楽しみの一つだったような気がする。 おばちゃんに値段を尋ねる度に値段を覚えた品数を増やし、おばちゃんに怒られず楽しく過ごすルールを覚えていって、大人の社会での生き方を楽しく覚えていたのは間違いない。

では、今の子供たちにとって、駄菓子屋に代わる場所は何処なのだろう?

 
When I was young, one of my pleasures was to go to a candy store in the neighborhood where children's sweets and toys were placed.
Most of the items didn't have a price written on them, so I had to ask an elderly woman who owned the shop, "Auntie, how much is this?"But it was the first step in learning how adults other than their parents should live in society.
So I wonder where today's kids can replace candy stores.








■ ピッ、ピッ の時代    Surrounded by vending machines


時は過ぎて、駄菓子屋さんに通うような歳ではなくなり、店も見当たらず、あの “おばちゃん” 的な存在を懐かしく感じている。

多くの販売店では、殆どの商品に値札の表示がしてあるから、「 これ、いくら? 」と聞くまでもなくなった。そして、店員の人も、対応マニュアルがあるから、あの “おばちゃん” の様な対応はできなだろう。 変化はそれだけではない。多くの飲み物は自動販売機で購入して、切符や食券を買うのも、ガソリンスタンドや病院での支払いも「ピッ、ピッ」、全て セルフレジの時代に変わってしまっている。
  
  

  
  
こんな「 ピッ、ピッ」の時代、子供達はどんな風に大人の社会での生き方を学ぶのか。大人との会話を楽しむ機会があるのだろうか?と、心配になる。
 

Time has passed and I'm no longer the age to go to a candy store, but I miss the existence of that "aunt". It's not just because many retailers have prices on most of their items. Many drinks are sold at vending machines, train tickets and meal tickets are also bought at vending machines, and gas stations and hospital payments are being replaced by self-checkouts.
I am worried that children who have been surrounded by such machines since they were young will have the opportunity to learn how to live in an adult society from an early age.








■ コンビニの対面セルフレジ    Store with Self-registration


  

僕は、以前から、コンビニで買い物をするのが好きだった。
コンパクトな店舗面積に、食品から本、雑貨まで、常に最新の売れ筋の商品が並んでいるし、流行や商品リサーチも簡単に出来るだからだ。 だから、コンビニは良く通っていたし、行きつけの店では、オーナーやアルバイトの店員とも言葉を交わすのも楽しみにしていた。そして、レジで会計をする時には、レジ担当の人が コードリーダー(スキャナー)で読み取り易い様に、必ず、商品1点ずつ JAN コードが記載された面を上側にして、 “小さな会話” をするのも楽しみにしていた。

でも、最近、そんな “小さな会話” が楽しめない様になった。
 
 

 
 
それは、対面式セルフレジ が導入されてからだった。
対面式セルフレジとは、商品の JANコード読み取りや個数の入力はレジ担当者が行ない、支払い方法の選択と支払いは客側が機械で行なう方式のレジの事。既に、スーパーなどで 5年以上前から採用されている方式だから、多くの人は経験して知っているだろう。 だから、スーパーでの対面セルフレジの利用には慣れて戸惑いは無いけど、コンビニのそれには何故か違和感を覚えてしまった。 最初は、行きつけのコンビニだから余計にその変化を強く感じた為かと思ったが、少し違う気がする様になった。

きっと、それは、人との距離感の違いが原因だと思う。


I was used to the self-checkout system, in which clerks only read in the prices of goods through scanners and pay for shopping themselves, since more than five years ago, many supermarkets have introduced it.However, the impression of self-checkout, which was recently introduced to convenience stores, was terrible.for the clerk was like a machine.
Perhaps because many students who work at convenience stores have never asked prices at snack shops when they were young, they lack the ability to enjoy human conversation with customers, and the introduction of self-checkout systems seems to have made them more mechanized.








■ 人との距離感      A Sense of Distance from Others

対面式セルフレジを採用している多くの店とコンビニを比較してみると、レジ担当者の年代と店の大きさの違いに原因がある様に思う。



 
 
スーパーなどレジ担当者の多くは年代層が高く、そして店員の人数が多いので対応サービスを指導する人も常駐しているのだろう。「ピッ、ピッ」の間も、心配りされた扱いを受けている気持ちになる。 しかし、コンビニは違う。レジ担当者の多くがアルバイト学生で、店員数も少なく、マニュアルだけが指導役だから、対面式セルフレジという機械の導入が欠点を増長させたのだろう。「買物」という楽しみをサポートする配慮が更に感じられないのだ。その上、JANコード面を上にして商品を台に置いても、「ピッ」を済ませても後で。裏返しに置かれた商品を戻すわけでもなく、客側へ置き直すわけでもなく、ただじっと立っているだけだから哀しくなるのだ。
  
恐らく、コンビニ経営の視点に立てば、支払方法の多様化や清算ミスの予防の他に、チケットや金券発売、宅配便の取扱いなどの様々なサービス対応の難しさ、そしてアルバイト従業員の安定的確保が困難なコンビニならではの事情もあり、セルフレジの導入は必然だったのだろう。 しかし、このままだと、コンビニの行く末も心配になるし、それ以上に、コンビニを利用する多くの子供達の心の成長が気になってしまう。








■ 今ある危惧      Fears that exist now

幼い頃に駄菓子屋に通い、学生時代は校門横にあった小さなお店に入り浸り、切符を駅窓口で買って、改札口で駅員の人に検札してもらうなど、数多くの大人との接点が以前はあったが、今は全て機械相手に「ピッ」で済んでしまい、他者と接する機会も少なく育ってしまっている。 親や教師以外の大人と接する機会が少ないと、大人の社会との接点も少なく、いじめに遭っても孤立し易く、詐欺や甘言を適切に判断できずに惑わされる機会が増えてしまうのではと危惧している。





実際、駅に緊急停車した電車の車掌が、車内で殺傷事件が発生していたにも関わらず、対応マニュアル通りに降車ドアを開けなかったのも多少は関係があると思う。 いや、それ以上に、街角で急病や事故で倒れてしまった人を見ても、救急処置や緊急連絡をするでもなく、遠巻きにスマホで動画撮影するだけの人々の存在も関係がある様にも思っている。


In the near future, it will be common for children to shop without cash, check all kinds of information on their devices without asking adults, and even have their location and health monitored and protected by the goods they wear.
Even if these are the abilities necessary to live in the new world, I have a great concern for the people who will grow up and become adults in this way. I feel that people whose evaluation and way of life are supported by AI and algorithms cannot be called human, because they have lost the opportunity to build a humanity that machines and systems cannot intervene in.













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