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2020年 6月27日 開催
  “ 妖怪ガレージ 持込み企画”

『 トライアンフ・スプリントGT  
      in 妖怪ガレージ 持ち込み企画 』

「 隠れた部品の破損が原因で ・・ 」


開催日

2020年 6月 27日 (土)

開催場所 妖怪ガレージ (神戸市)




 【 購入した中古車 うまく乗れない 少し怖い 】という要望を受け、
中古で購入したてのトライアンフ スピリットGT を、6/27 に妖怪
ガレージでオーナーさんと一緒に整備を行なったところ、意外な
箇所に乗り難さの大きな原因が隠れていたのを発見しました。
それ以外、通常の整備とオーナーさんの体格に合わせた調整を
ひと通り行なって、入庫した時とは一転、乗り易くなった様です



※ 受けた要請の内容は、上の画像をクリックしてご覧ください


  




『 持込み車両の内容 』

 □ オーナーさん : K(仮称)さん
 □ 持ち込み車両 : トライアンフ スピリットGT (2011年型)
               水冷並列3気筒 1050 t
 □ 購入前の経歴 : 前オーナーは、正規の輸入販売代理店から新車で購入し、継続車検や
         通常整備もその正規販売店で行なっている上、屋内保管されていたので
         走行 4万km にしては外装等の見える範囲では上々のコンディションを
         保っている
 □ 備考・考察  : 現オーナーさんの「うまく乗れない」「少し怖い」との状況説明を
         受けた際は、通常の[整体コース]とオーナーさんの体格に合わせた調整
         を行なえば、ある程度の解決は図れると考えて要請を受けました




     ・・・ では、当日行なった作業を、作業の順に画像を交えて報告します





『 入庫、先ずはリア周りから整備を始める 』


入庫前の事前確認で、チェーンが適正遊び調整がなされていなくて、チェーンが異常に張り過ぎの状態になっている事を確認していたので、オーナーさんと相談の上で、チェーンの適正遊び調整とリアのサスペンションのプリロード調整を行ない、リア周りの調整の前後の違いを試走で確認してもらう事なりました。

というのも、リアサスペンションはリンク式なので、そのリンク機構の箇所を分解する事で、リンク箇所の確認と給脂作業と、チェーンの適正遊び調整が一緒に行なえるからです。


トライアンフ スピリットGT  妖怪gレージへ入庫





1. リア サスペンション、リンク機構とユニットの取外し   
 
車体中央下部に配置された、リアサスペンションのリンク機構を分解して、一緒に リアサスペンションのユニットを取り外して点検してみると、サスペンションユニットの中央側面には不吉なオイル汚れが、リンク機構のリンクロッドからは本来は見えない筈の部品の一部が顔を出し、その一つが脱落してきました。これは、簡単に済みそうにない。

トライアンフ スピリットGT  リアサスペンションユニット
トライアンフ スピリットGT 破損したリアサスペンションのリンク機構
    
サスペンションユニットのオイル汚れは、一旦、オイル汚れを清掃除去してから組み付け、その後の経過を確認してから対策を考える事に。(ユニット本体の不調は簡単に対処できない為)

より深刻なのはリンクロッドの方でした。脱落している短い棒状の部品は明らかにリンクロッドの 前後2ヶ所に組み込まれているベアリング(ニードルローラー ベアリング)の一部、ローラーと呼ばれる ベアリング内に十数個入っている一番肝心な部品だ。その上、後側のベアリング部からそのローラーが1本だけ顔を出している。本来ならば、それらローラーはベアリングに組み込まれていて、決して外に顔を出す事も逃げ出す事もないので、ベアリングの破損というとても危険な状態で前オーナーは走行していた事が確認できた。

そして、ベアリング部の中心に入っている円筒形の金属部品(スリーブと呼びます)は錆びていて、根元にローラーが挟まっているので、本来ならリンクロッドに対して 90度の角度で組み込まれた筈なのに斜めになっていて、軽く回転すべきスリーブが回転できなくなっている上、その関係でリンクロッド自体に前後に対して斜め方向の強い力が働いていたのでしょう。リンクロッドの前後それぞれ左側面と右側面にリンク機構の他の部品と擦れて削れた痕も残っているのです。こんな状況では、ベアリングが正常に作動しない状態どころか、それ以上にサスペンションの動きを大きく阻害して、リアタイヤのグリップを正常に保てる筈もなく、現オーナーだけでなく、前オーナーでさえ決して楽しく安全な走行は出来なかった筈。

屋内保管車という事と錆の状態、そして リンクロッドの削り痕から見て、ベアリングが破損してからも相当の期間や距離を走行していると思われますが、分解してようやく破損が確認できる箇所の上、リアサスペンションも絶不調ながら作動していたので、通常の点検では整備工場でさえ発見出来なかったのでしょう。

と、観察と確認はここまでにして、交換部品は無いので修理は出来ないけど、一旦はより安全に走行出来る様にして帰宅できる事を目指して、更に分解をして対処をしました。

トライアンフ スピリットGT 破損したリンク機構のベアリング
  
ベアリングからスリーブを引き抜くと、本来あるべき本数より確実に少ない ローラーが抜け落ち、本来なら ローラーを適正な位置に固定している部品・保持器 の破片や ベアリング全体を円筒形の形で包み込んでいる金属製の外殻(シェルと呼びます)の破片らしき物も出てきました。
そして、ベアリングの破損によって無理な動きを強制されてしまった スリーブには、異常な摩擦熱による“焼き”の色に変色し、その表面にはオイルや埃、ゴムなどが熱によって硬化した状態でこびりついていました。





2. ベアリング(ニードルローラーベアリング)の構造   
 
急にベアリングの話題が出て来て、面喰った人や知ったつもりの人もいると思うので、一度、ベアリング(ニードルベアリング)の簡単な説明をしておきましょう。

ベアリングと呼ばれる部品は、車輪(ホイール)の中心部を左右に貫通している軸(車軸)と車輪の間にも組み込まれていて、回転(運動)する物(部品)を支える場所には必ず組み込まれています。前後の車輪(ホイール)中央部の他に、ハンドル(軸)の中心部、エンジン内の各部、そしてリアサスペンションのスイングアーム取付け部やリンク機構の各部など、オートバイにはたくさんのベアリングが組み込まれています。

その中で、今回のリンク機構でよく利用されているのが、「ニードルローラーベアリング」と呼ばれる形式のベアリングで、回転速度が高くない条件で少ないスペースで組み込めるので、スイングアームの軸(ピポット)やリンク機構などで多く採用され、きっと、あなたのオートバイでも多く使われています。

ニードルローラーベアリングの外観と構造図

では、今回トラブルが発生していた場所・リンク機構のベアリングはどんな所に組み込まれているのか、別の車両の画像になりますが、下の画像で説明します。


リアサスペンションのリンク機構とニードルローラーベアリング

多くのオートバイの場合、車体中央下部。つまりお尻の真下あたりげ活躍している「ニードルローラーベアリング」は、サスペンションの大切なリンク機構の中に組み込まれ、タイヤが適切に路面にグリップしてくれる様に懸命に働いている、小さくて外からは見えないけどとても大切な働きをしているのです。


【 寿命と整備(メインテナンス)】

今回、妖怪ガレージに入庫した車両での破損状況を見て、みなさんの中には「私の 大丈夫か?」と不安になった人も居ると思いますが、基本的には長寿命設計の部品ですから心配はありません。例え、屋内保管でなくて雨や風に晒される場所で保管していても、車体下部という条件もあって、チェーンやブレーキキャリパーなどよりずっと天候の影響は受け難い部品です。

もちろん、サスペンションはエンジン以上に安全性に大きく影響する装置ですから、定期的に分解清掃して、状態を点検確認して、適切な給脂をして組み直してあげれば、サスペンションの最適な作動を維持するのに大いに役立ちますが、例え何もしなかったとしても、入庫した車両の様に 4万キロも走行しない内に破損を始める様な部品でも使用箇所でもありません。安心してください。


【 破損を招き易い取扱い 】

それでも心配で、「気をつけるべき事は?」と心配する人へのアドバイスは、「洗車には注意をしてください」です。

掲載したイラスト「ニードルローラーベアリング 組込み図」を見てください。中央部の赤く塗られた部品がベアリングで一番大切な ローラー と呼ばれる部品ですが、このローラーは水や埃には弱いので、水や埃が ローラーのある場所に入って来ない様に オイルシール というゴム製の部品で外界とシールされて守られています。 ただ、この オイルシール、小さなスペースに組み込まれる ニードルローラーベアリングに合わせているので、他の場所で使われている 同じ働きのオイルシールと較べて、その シール性能は高くありません。ここが、要注意点です。

その為、この ニードルローラーベアリングが使用されている箇所(ここでは リンク機構)を洗車場にもある様な高圧洗浄機で洗ってはいけません。 そして、オイルシールはゴム製の部品ですから、ゴムを侵食する成分が含まれている事が多い パーツクリーナー などの洗浄剤、そして洗浄力の強い洗剤も使わない事が大切です。

今回入庫した車両での破損原因は判りませんが、リンク部の スリーブ端部や リンク用のボルトなどの内部側まで錆が発生していたので、高圧洗浄機での洗車が原因ではないかと思います。
 
 ( 下の画像は、錆で損傷したリンク接続用ボルトの修正作業の様子です )
 


 
【 チェックポイント! 】
実は、高圧洗浄機での洗車で リアサスペンション 各部の部品が損傷している例は決して珍しくなくて、一度は 高額な海外製リアサスペンション ユニット 下部のベアリング(球面軸受)内部に錆が発生して固着を招き、そのストレスで ユニット下部が折れてしまった例も現認した程です。 どうぞ、オートバイの敵は水、洗車だと覚えて、高圧洗浄機は使わず、洗車の後は金属製の部品やゴム製部品表面にオイルを塗るぐらいの気持ちを持って接してください。

※ このベアリング破損と対処方法については、別記事『 ベアリングの命は オートバイの命』
  で詳しく解説していますので、是非、ご覧下さい。











3. チェーンの適正遊び調整 と プリロード調整   
 
チェーンの適正遊び調整は リアサスペンションのリンク機構が外れている時が一番やり易い。


トライアンフ スピリットGT  リンク機構を外した状態で チェーンの適正遊び調整の作業風景
 
リアのスイングアームの角度を調整して、チェーンの遊びが一番少なくなる角度(ドライブ軸とスイングアームピポット、ドリブン軸が一直線に並ぶ角度)を保ったまま、チェーンに僅かな遊びが残る様にチェーン調整を行ない(オーナーさんが)ました。これで、チェーンが一番気持ち良く働いてくれる条件は整いました。

続いては、リンク機構を再組み付けです。
完全に破損してしまった ベアリング は、部品交換しか修理の手段は無く、部品が入荷するまでの間を凌ぐ対策が必要ですから、ベアリング部の汚れを拭い取り、新しいグリスを一杯詰め込み、数少なくなってしまったローラーをグリスのプールに沈める様に配置して、スリーブを組み込んでベアリング応急処置を終了。 気になるオイル汚れを拭い取ったリアサスペンションユニットを車体に装着して、リンク機構を組み上げました。

トライアンフ スピリットGT  リアサスペンションユニット、指定締め付けトルクより下げた値で締め付け固定  
この時、リンク周りの作動ストレスを減らす目的も兼ねて、リンクボルトの締付けトルクを メーカー指定の 48 Nm から 36 Nm へとオーナーさんの承諾を得て変更。これで 色々な面でリアサスペンションの動きは軽くなる事は確実に。

そして、リアサスペンションのプリロード(初期荷重)を オーナーさんに合わせて調整です。


トライアンフ スピリットGT  ライダーに合わせて 最適なリア・プリロード の調整中


リアサスペンションのプリロード調整の方法については、別途掲載のプリロード セッティングに掲載した通りで、二人居ると作業ははかどります。






『 ここで一度、試走確認 』

リア周りのひと通りの分解整備と調整が終わったところで“試走タイム”
オーナーさん自身が車両整備を行なった後、その成果を試して実感する事はとても大切な事です。
どの箇所の整備&調整をすると、どんな風に変化するかを体験しておけば、整備や調整の大切さだけでなく、整備で締付けトルクの調整やグリスの選択と給脂など、一つひとつの丁寧な作業によって得られる穏やかで緻密な車両の動きが実現するという感覚が得られるからです。

トライアンフ スピリットGT  試走の結果は
  
試走に出掛け、暫くして帰ってきた オーナーさん、入庫前との大きな違いに大満足の笑顔でした。
リアサスペンションが動くのが感じられ、安心して真っ直ぐ走れるとの事。リアのサスペンションのリンク部のベアリングは応急処置状態ですが、それでも大きな違いが出たとの事。
ただ、リア周りの動きが感じられる様になったので、フロント周りの(ハンドリングの)重さが以前より気になるとの事。

さあ、休憩を挟んで、フロント周りの分解整備へ移りましょう。

  
 





『 いよいよ、フロント周りの整備 』

試走で整備した箇所に大きな不具合は確認出来なかった様なので、今度はフロント周りの分解整備と調整作業に移りました。オーナーさんの要請内容もそうですが、実際にガレージ前から走り始める瞬間の動きを観ても、フロント(ハンドル /ステアリング)周りの動きが鈍く・重く感じられたので、フロントサスペンションの動きを軽くし、少しアライメント調整をして フロントタイヤの“方向安定性”を少し高める方向で整備と調整を進めていきました。


  
4. フロントフォークの取外し
 
フロントフォークの取外しは、必ずしも車体を覆うカウルを取り外す必要はありません。が、フロントフォークを固定するボルトの締付けトルク管理やフォークの整列作業が困難になります。その為、(カウルの取外しが苦手な私は手をつけず)オーナーさんに全てお任せで、サイドカウルとセンターカウルの取外しを依頼しました。
 
トライアンフ スピリットGT  カウル取外し中
  
オーナーさんがカウル外しに奮闘している間、フロントフェンダーとフロントタイヤ、左右のブロントブレーキキャリパーと分解を進めていきますが、こちらは殆どの車両と同じ形式なので迷いもありません。が、本当に、初めての車両で初めてカウルを外す作業はパズルと同じです。

外したカウルを元に戻す作業を考えれば、下手に手を出すと戻せなくなる可能性もあるので、カウル作業は最小限のサポートに努めて、カウルの取外しも完了。ここまで来れば、フロントフォークの適切な作業が可能です。
 
トライアンフ スピリットGT  ようやく フロント周りの整備が本格的に可能
   
そあ、ここからがフロントフォーク本番です。

分解整備と言っても、フォーク内部のスライディングメタルやオイルシール、ダストシールなどの消耗部品の交換予定は無く、それ以外に可能な作業を行なう事になりますが、可能な作業は数多くあります。
 「 フロントフォークオイル交換 」、「 フロントスプリングのレート確認 」、
 「 フロントスプリングの摺動抵抗低減 」、「 フロント プリロード量の計測 」、
 「 フロントフォークの摺動抵抗低減 」などです。
 
オーナーさんと相談しながら進めた順番に、その作業内容を簡単に報告しましょう。

トライアンフ スピリットGT  フロントフォークの分解
  





5. フロントフォーク スプリング の確認と整備
 
折角、フロントフォークを分解した機会なので、オーナーさんと相談して、フロントスプリングの外周をバフ研磨する事に。スプリングの外周側面は常にインナーチューブ内面と接触しているので、スプリング側面を研磨する事で作動抵抗は確実に低減させられるのです。


 
研磨とは言っても、今回はあまり時間を割けず 1本あたり 15分間程度の処理時間に留めたので、軽い研磨仕上げですが違いは感じられるでしょう。

(下の画像の2本のスプリングの内、下側のスプリングが研磨処理
済みです
 

トライアンフ スピリットGT  フロントスプリングの研磨結果
 
【 チェックポイント! 】
そして、ここが大切なポイント! フロントスプリングの仕様、その性格の確認です。
スプリングの色々な箇所を測定する事で、そのスプリングの性格が判るので、そのスプリングを使用しているオートバイの基本的な特性も判るのです。

コイルスプリング(ツインレート) の主な各部名称

では、オートバイの特性(ハンドリング)を決めてしまうスプリングの性格を知る為に、各部のサイズや巻き数を計測してみましょう。

トライアンフ スピリットGT フロントスプリングの計測結果
計測した結果、かなりユニークな設計のスプリングだと判ります。 2000年代以降の車両では、スプリング素材の線径は 4.5 〜 4.6 o の設計が多い中、5.0 o という線径で且つ素材長を長くしたスプリングは一部のサスペンション専門メーカーの採用例を見掛ける程度ですから。

そして、計測した値から 代表的な性格値・スプリングレートを算出した結果は 下記の通りです。

トライアンフ スピリットGT  フロントスプリング、スプリングレートの計算値

【 チェックポイント! 】

スプリングは、巻きが粗い部分と密な部分とが共存している、ツインレートスプリングと呼ばれるタイプのものが採用されています。このタイプは、低速から高速走行まで様々な走行条件下でライダーに優しい特性を狙うには適していますが、スプリングレートが一定のシングルレートタイプと較べて、その設計は一層の難しさが伴うので設計担当と走行試験担当の能力が表れるところです。

他社の リッタークラス、高速ツアラー車のスプリングと比較して、スプリングレートの初期レート(一次レートとも言います)は 20 % 以上低く、レート変換後の二次レートも 15 %程低い設定ですから、サスペンションのストローク感(しなやかな動き)を活かした穏やかで優しい特性を備えている事が推定できます。
このスプリング特性を知っておけば、オーナーさんが試乗で感じる操縦性や安定性を、オーナーさんの感性に合わせた調整(セッティング)も容易になるのです。

さあ、フロントフォークを組み上げましょう。

 
 
 
 
6. フロントフォークの組み立て & プリロード確認

フロントフォークの製造会社は Showa の為、指定のフォークオイルは Showa の SS-8 という製品が指定されている。が、エンジンオイルと同様に、他社の同様な仕様のオイルとの交換は基本的には問題は無い。 そこで、オーナーさんと相談の上で、KYB の G10S を使用して交換作業を行なった。

フォークオイルの量は フロントフォークの操縦性を調整する為のセッティングで重要な要素になるが、今回はオーソドックスに 液面高さ をメーカー指定値・145 o に調整する事に。
 
  

トライアンフ スピリットGT  フォークオイルの液面調整中
  

フォークオイルを少し多目に注入の後、フォーク内部の ダンピングユニットのエア抜きをして、それから 専用工具を使用して液面高さを調整したら、さあ、いよいよ 組み立てだ。
 
正立式のフロントフォークだから、スプリングを挿入して、ダンピングロッドにトップキャップを取り付けて、その後でトップキャップをインナーチューブに固定する、と簡単な作業だけど、この時 やっておきたい作業が “ プリロード(初期荷重)”の確認だ。

トライアンフ スピリットGT  フロントフォークの組立 & プリロード量の計測 トライアンフ スピリットGT  フロントフォークの組立 & プリロード量の計測2

  
【 チェックポイント! 】

フロントサスペンションの“ プリロード(初期荷重)”は、オートバイの操縦性や安定性に大きな影響を与える上、ライダーが手を通じて一番感じやすい調整・設定値だ。だから、最適な操縦性や調整・セッティングを考えるなら、分解時にはその値を確認しておく事はとても大切です。

上の 2枚の画像は、組み付け作業でスプリングが縮められていく様子を写したものです。
左から、トップキャップを組み付けた時に スプリングは1o 縮められ、次に トップキャップをインナーチューブに組み付けると、スプリングは更に 31.5 o 縮められた様子が写っています。つまり、フロントフォークを組み上げた状態で、スプリングは 32.5 o 縮められている事になり、プリロード(初期荷重)は「 プリロード = スプリングレート × 縮めている量 」で求められるので、「 0.55 kgf/mm × 32.5 mm 」の計算となり、17.88 kgf の プリロードだと判ります。


【 チェックポイント! 】
市販車の多くで採用されている フロントサスペンション のプリロード(初期荷重)は 10 kgf
前後かそれ以下なので、この車両の場合は高目の プリロード設定をされている事がはっきりと判りました。ここから、仮に フロントサスペンションの特性を調整するならば、この高目に設定された プリロード(初期荷重)を低目へと変更して改善する可能性が高いと判断しました。


トライアンフ スピリットGT  フロントフォークの摺動抵抗低減処理中 左の画像は、フロントフォークの摺動抵抗を低減させる効果的な処理のひとコマですが、詳しい説明は後日改めての機会か、あるいは 質問を受けた時に解説予定です。


【 チェックポイント! 】
フロントフォークの働きを守り、オートバイを大切に乗りたいのならば、フロントフォークを洗剤で洗う事は厳禁です

  
 
   
  

  
7. フロントフォークの整列 & アライメント変更
  
さあ、多くの作業をこなし、すっかり外は暗くなってきました。
残すは組み付け作業のみ、一つひとつ間違えずに、確実に進めていきましょう。
 

トライアンフ スピリットGT  フロントカウル 装着完了
  
【 チェックポイント! 】

ガレージ入庫前のオーナーさんが感じている不安感と、リアサスペンション周りを簡易補修した後の試乗後にオーナーさんに確認したフロント周りの感想 「重く鈍い感じがする」の対策として、オーナーさんの了承を得て、フロントフォークのアライメント変更を施しています。
それは、フロントフォークの車体(上下ヨーク)への取付け位置を 2 mm 変更して、フロントサスペンションの“トレール量”を変更したのです。これによって、フロントタイヤ周りの方向安定性が高まり フロント周りの“ 声 ”が大きくなるのと同時に、フロント車高が高くなるので、旋回への初期応答性が高まる事を期待したものです。確実に効果は挙がるでしょう。

フロントフォークの整列作業は、今回の報告では画像も無く割愛しますが、とても大切な事ですから必ず行ないます。






『 最後に、改めて試走確認 』

フロント周りの組み付け・調整作業が終わり、リア周りの様な破損トラブルは発見されなかったものの、ライダーがより敏感に感じるのが フロント周りですから、組み付け後には必ず試走が必要です。

暗くなった夜道、しかも小雨が降る中での試走ですから、入庫前の試走やリア周り終了後の試走と直接比較するのは難しいのですが、オーナーさんの感想は大変にポジティブな内容で、とても乗り易くなった様でした。

 「 フロント周りが怖くなくなりました」との事。 ただし
 「 フロントから ゴーッ という音がするようになりました」とも

フロントサスペンション周りのストレスを取り、アライメント調整を行なった事で、入庫前よりはフロント周りの“ 声 ”がはっきりと届く様になり、安心感も増しているようでした。また、音の発生の件は、再入庫して確認したところ、ブレーキパッドの組み付けの際に、内側と外側のパッドを逆に組み付けた結果による“ 当たり不良 ”で発生していると推測し、そのまま使用して“ 当たり ”が出て解消するまで我慢してもらう事で了承。
  
組み付けた箇所で大きな問題は無い事は確認できましたが、大切なのはオーナーの乗り方に合わせた調整作業です。また、リアのサスペンションのリンク機構部の正式な修理も必要です。
少なくとも、入庫前にオーナーさんが感じていた怖さは解消する事はある程度達成していますが、これからは 乗る楽しさ を存分に味わってもらえる様にする必要があります。
 
 



 
8. 次回の整備計画

リアサスペンションの隠れたベアリング破損に対しては、今は暫定的な処理をしただけです。ニードルローラーベアリングとオイルシールを手配して、入庫次第に交換・修正が必要です。ただ、輸入車の常で、必要な部品を発注しても国内在庫は乏しく、基本的には海外からの入庫待ちで 2〜3週間以上必要になり、価格も決して安くないので、国内の規格品を手配して臨む方針をオーナーさんに説明して承諾を得ました。

オーナーさんに注文を勧めるメーカー名とその品番を伝え、オーナーさんに発注してもらい、入庫次第、改めて正式な交換修理の予定です。
また、その際に、時間の関係で今回は処理が出来なかった「ステムベアリング の プリロード調整」を同時に行なう予定です。スベムベアリングの組み付けは、遊びの除去や摩耗によるガタ防止を兼ねて、メーカー指定では過剰なプリロード指定、締め付けトルク指定になっていて操縦性・安定性を共に損なっているのが常。だから、オーナーさんの意向や感覚に合う範囲で、より軽快で楽しいハンドリングを実現させる予定です。

そして、それらの修理と調整を行なった後、フロントサスペンションのプリロード調整を試走を繰り返しながら行なう予定です。


≪ 追伸 ≫
作業の後で発覚したのですが、フロントフォークオイルを誤った 番手(粘度)を入れてしまった事が分かりましたので、それにも対処します。 KYB の G10S という製品を使用するべきところ、棚から取り出した 2本の内 1本が G15S だったのです。ですから、今は #12.5 相当のフォークオイルになっているので、本来の想定とは大きく異なっています。 オーナーさんにはお詫びと事情を説明して、次回の ベアリング交換などの入庫時には 本来の フォークオイルに交換をします。



           *  * * * * * * *

『 最後に 』

初めて、オーナーさんが その車両を運転する姿を見た時、「ライダーの問題ではなく、オートバイ側に結構問題がありそうだな」 と思いましたが、ここまで深刻な破損を抱えていたとは想像をしていませんでした。

破損していた リアサスペンション のリンク機構は、手が届き難い場所で綺麗にし難い構造をしている為、高圧ノズルで水を噴射する高圧洗浄機による洗車の対象に箇所の一つです。ただ、文中で説明した通り、ニードルローラーベアリングの構造上の特徴により、ベアリングを水や埃から守る役割のオイルシールの防御性能は他所のオイルシールより高くありません。その為、高圧の水の吹付け方次第では、ベアリング内部まで水は簡単に入ってしまいます。一度や二度の高圧洗車では簡単に破損まで至らないでしょうが、仮に 何度も行なっていたとすれば、今回の車両の様な破損は確実に起きます。

その上、問題とすべき事は、元々目立ち難い場所にある上に外観点検では異常は発見できない事です。ライダーが乗車した重みでリアが沈み込む程、リアサスペンションが作動しているならば、誰もサスペンションのリンク部ベアリングが破損しているとは断定できない事です。
その為、同様な車両は数多く存在していて、何も知らないライダーが一般路上を走り、何も知らずに そんなトラブルを抱えた中古車を購入しているのです。

いや、新車を購入したとしても安心は出来ません。使用中に車体各部の様々な部品が知らず知らずの内に損耗・破損していきますが、正規販売店でもその損耗や破損を指摘される事は滅多に無く、ライダーは 多少乗り難く感じても 「 ライダーの乗り方次第、ライダーの責任 」 「 これはこのオートバイの癖、乗り味だ 」として済まされている事が殆どだと言えます。
何故なら、オートバイの正しい動きを導き出し、それをライダーに合わせて調整をする為に、例え不調を感じていないオートバイであっても分解して、細かく整備をしていく文化そのものが育っていないからです。その上、本来ならば最も責任を持つべき車両メーカー自体が適切な整備に必要な情報をユーザーへ知らせる事に消極的で、整備項目によっては誤った整備情報を販売店向けに発信している程ですから尚更です。

私達ライダーは、いつまでも 楽しく 安全なオートバイライフを過ごすべき、だと私は考えています。しかし、オートバイの整備に必要な情報や適切なライディングの基本メソッドが無償で提供されていないばかりか、誤った情報が数多く氾濫していて、決して良いオートバイライフ環境とは言えません。
GRAは、様々な活動と発信を通じて、一人でも多くのライダーがより良いオートバイライフを過ごすサポートをしていきますので、その為の「質問」や「意見」、「クリニック要請」や「妖怪ガレージ・持込み要請」など、みなさんからの“ 声 ”を待っています。


                             
インストラクター:小林 裕之
  
Instructor : Hiroyuki Kobayashi






このイベントの関連資料  

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 ● ベアリングの命は オートバイの命
         Bearing life is motorcycle life
     ベアリングは、オートバイで働く金属部品の中で一番働き者で一番早く損耗します
     ベアリングの状態確認とケアの為の分解整備は整備の基本です


 ● <Q&A> 購入した中古車が乗りにくいのは?
           FAQ,  Why is it difficult to ride a used bike I bought ?
     中古車を購入して、久し振りにオートバイに乗ったリターンライダーの方から
     「上手く乗れなくて怖いのは 持病の 五十肩のせい?」 の質問と
回答です







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