フォークオイルを少し多目に注入の後、フォーク内部の ダンピングユニットのエア抜きをして、それから 専用工具を使用して液面高さを調整したら、さあ、いよいよ 組み立てだ。
正立式のフロントフォークだから、スプリングを挿入して、ダンピングロッドにトップキャップを取り付けて、その後でトップキャップをインナーチューブに固定する、と簡単な作業だけど、この時 やっておきたい作業が “ プリロード(初期荷重)”の確認だ。
【 チェックポイント! 】
フロントサスペンションの“ プリロード(初期荷重)”は、オートバイの操縦性や安定性に大きな影響を与える上、ライダーが手を通じて一番感じやすい調整・設定値だ。だから、最適な操縦性や調整・セッティングを考えるなら、分解時にはその値を確認しておく事はとても大切です。
上の 2枚の画像は、組み付け作業でスプリングが縮められていく様子を写したものです。
左から、トップキャップを組み付けた時に スプリングは1o 縮められ、次に トップキャップをインナーチューブに組み付けると、スプリングは更に 31.5 o 縮められた様子が写っています。つまり、フロントフォークを組み上げた状態で、スプリングは 32.5 o 縮められている事になり、プリロード(初期荷重)は「 プリロード = スプリングレート × 縮めている量 」で求められるので、「 0.55 kgf/mm × 32.5 mm 」の計算となり、17.88 kgf の プリロードだと判ります。
【 チェックポイント! 】
市販車の多くで採用されている フロントサスペンション のプリロード(初期荷重)は 10 kgf
前後かそれ以下なので、この車両の場合は高目の プリロード設定をされている事がはっきりと判りました。ここから、仮に フロントサスペンションの特性を調整するならば、この高目に設定された プリロード(初期荷重)を低目へと変更して改善する可能性が高いと判断しました。
左の画像は、フロントフォークの摺動抵抗を低減させる効果的な処理のひとコマですが、詳しい説明は後日改めての機会か、あるいは 質問を受けた時に解説予定です。
【 チェックポイント! 】
フロントフォークの働きを守り、オートバイを大切に乗りたいのならば、フロントフォークを洗剤で洗う事は厳禁です
7. フロントフォークの整列 & アライメント変更
さあ、多くの作業をこなし、すっかり外は暗くなってきました。
残すは組み付け作業のみ、一つひとつ間違えずに、確実に進めていきましょう。
【 チェックポイント! 】
ガレージ入庫前のオーナーさんが感じている不安感と、リアサスペンション周りを簡易補修した後の試乗後にオーナーさんに確認したフロント周りの感想 「重く鈍い感じがする」の対策として、オーナーさんの了承を得て、フロントフォークのアライメント変更を施しています。
それは、フロントフォークの車体(上下ヨーク)への取付け位置を 2 mm 変更して、フロントサスペンションの“トレール量”を変更したのです。これによって、フロントタイヤ周りの方向安定性が高まり フロント周りの“ 声 ”が大きくなるのと同時に、フロント車高が高くなるので、旋回への初期応答性が高まる事を期待したものです。確実に効果は挙がるでしょう。
フロントフォークの整列作業は、今回の報告では画像も無く割愛しますが、とても大切な事ですから必ず行ないます。
『 最後に、改めて試走確認 』
フロント周りの組み付け・調整作業が終わり、リア周りの様な破損トラブルは発見されなかったものの、ライダーがより敏感に感じるのが フロント周りですから、組み付け後には必ず試走が必要です。
暗くなった夜道、しかも小雨が降る中での試走ですから、入庫前の試走やリア周り終了後の試走と直接比較するのは難しいのですが、オーナーさんの感想は大変にポジティブな内容で、とても乗り易くなった様でした。
「 フロント周りが怖くなくなりました」との事。 ただし
「 フロントから ゴーッ という音がするようになりました」とも
フロントサスペンション周りのストレスを取り、アライメント調整を行なった事で、入庫前よりはフロント周りの“ 声 ”がはっきりと届く様になり、安心感も増しているようでした。また、音の発生の件は、再入庫して確認したところ、ブレーキパッドの組み付けの際に、内側と外側のパッドを逆に組み付けた結果による“ 当たり不良 ”で発生していると推測し、そのまま使用して“ 当たり ”が出て解消するまで我慢してもらう事で了承。
組み付けた箇所で大きな問題は無い事は確認できましたが、大切なのはオーナーの乗り方に合わせた調整作業です。また、リアのサスペンションのリンク機構部の正式な修理も必要です。
少なくとも、入庫前にオーナーさんが感じていた怖さは解消する事はある程度達成していますが、これからは 乗る楽しさ を存分に味わってもらえる様にする必要があります。
8. 次回の整備計画
リアサスペンションの隠れたベアリング破損に対しては、今は暫定的な処理をしただけです。ニードルローラーベアリングとオイルシールを手配して、入庫次第に交換・修正が必要です。ただ、輸入車の常で、必要な部品を発注しても国内在庫は乏しく、基本的には海外からの入庫待ちで 2〜3週間以上必要になり、価格も決して安くないので、国内の規格品を手配して臨む方針をオーナーさんに説明して承諾を得ました。
オーナーさんに注文を勧めるメーカー名とその品番を伝え、オーナーさんに発注してもらい、入庫次第、改めて正式な交換修理の予定です。
また、その際に、時間の関係で今回は処理が出来なかった「ステムベアリング の プリロード調整」を同時に行なう予定です。スベムベアリングの組み付けは、遊びの除去や摩耗によるガタ防止を兼ねて、メーカー指定では過剰なプリロード指定、締め付けトルク指定になっていて操縦性・安定性を共に損なっているのが常。だから、オーナーさんの意向や感覚に合う範囲で、より軽快で楽しいハンドリングを実現させる予定です。
そして、それらの修理と調整を行なった後、フロントサスペンションのプリロード調整を試走を繰り返しながら行なう予定です。
≪ 追伸 ≫
作業の後で発覚したのですが、フロントフォークオイルを誤った 番手(粘度)を入れてしまった事が分かりましたので、それにも対処します。 KYB の G10S という製品を使用するべきところ、棚から取り出した 2本の内 1本が G15S だったのです。ですから、今は #12.5 相当のフォークオイルになっているので、本来の想定とは大きく異なっています。 オーナーさんにはお詫びと事情を説明して、次回の ベアリング交換などの入庫時には 本来の フォークオイルに交換をします。
* * * * * * * *
『 最後に 』
初めて、オーナーさんが その車両を運転する姿を見た時、「ライダーの問題ではなく、オートバイ側に結構問題がありそうだな」 と思いましたが、ここまで深刻な破損を抱えていたとは想像をしていませんでした。
破損していた リアサスペンション のリンク機構は、手が届き難い場所で綺麗にし難い構造をしている為、高圧ノズルで水を噴射する高圧洗浄機による洗車の対象に箇所の一つです。ただ、文中で説明した通り、ニードルローラーベアリングの構造上の特徴により、ベアリングを水や埃から守る役割のオイルシールの防御性能は他所のオイルシールより高くありません。その為、高圧の水の吹付け方次第では、ベアリング内部まで水は簡単に入ってしまいます。一度や二度の高圧洗車では簡単に破損まで至らないでしょうが、仮に 何度も行なっていたとすれば、今回の車両の様な破損は確実に起きます。
その上、問題とすべき事は、元々目立ち難い場所にある上に外観点検では異常は発見できない事です。ライダーが乗車した重みでリアが沈み込む程、リアサスペンションが作動しているならば、誰もサスペンションのリンク部ベアリングが破損しているとは断定できない事です。
その為、同様な車両は数多く存在していて、何も知らないライダーが一般路上を走り、何も知らずに そんなトラブルを抱えた中古車を購入しているのです。
いや、新車を購入したとしても安心は出来ません。使用中に車体各部の様々な部品が知らず知らずの内に損耗・破損していきますが、正規販売店でもその損耗や破損を指摘される事は滅多に無く、ライダーは 多少乗り難く感じても 「 ライダーの乗り方次第、ライダーの責任 」 「 これはこのオートバイの癖、乗り味だ 」として済まされている事が殆どだと言えます。
何故なら、オートバイの正しい動きを導き出し、それをライダーに合わせて調整をする為に、例え不調を感じていないオートバイであっても分解して、細かく整備をしていく文化そのものが育っていないからです。その上、本来ならば最も責任を持つべき車両メーカー自体が適切な整備に必要な情報をユーザーへ知らせる事に消極的で、整備項目によっては誤った整備情報を販売店向けに発信している程ですから尚更です。
私達ライダーは、いつまでも 楽しく 安全なオートバイライフを過ごすべき、だと私は考えています。しかし、オートバイの整備に必要な情報や適切なライディングの基本メソッドが無償で提供されていないばかりか、誤った情報が数多く氾濫していて、決して良いオートバイライフ環境とは言えません。
GRAは、様々な活動と発信を通じて、一人でも多くのライダーがより良いオートバイライフを過ごすサポートをしていきますので、その為の「質問」や「意見」、「クリニック要請」や「妖怪ガレージ・持込み要請」など、みなさんからの“ 声 ”を待っています。