前ページの【簡潔編】解説はどうでした? ある程度は理解できましたか
では、より正しく理解を進める為に、少しずつ内容を濃く深めた解説へと移りましょう
【基本編】では、「車種毎に異なるスプリング レート」を解説して、なせ異なってい
るのか? スプリングの違いでオートバイはどう変わるのか? へと進みます
■ スプリングの役割 ■
サスペンションの役割で一番大切な事は、タイヤを正しく路面に接地させ続ける事で、スプリングはサスペンションの基本的な特性を決める部品ですから、スプリング次第でオートバイの安定性や操縦性(向きの変え易さ等)が変わります。
タイヤを正しく接地させて適切な働きをしてもらう為には、路面の凸凹にも追従して伸び縮みするサスペンションの設定である必要がありますし、ブレーキやアクセル操作による荷重の変化にも適切に反応する仕様のサスペンションにする為にも、時速 40㎞以下の低速度走行に限るならば、スプリングのレート(ばね定数)は、可能な範囲で低い仕様、つまりより小さい力(荷重)の変化で伸び縮みしやすい方が適しています。

一方で、時速 200㎞ を超える特殊な走行条件下でもタイヤを正しく接地させて働いてもらう為には、超高速走行時の高い荷重(力)や大きな路面衝撃に耐える必要があるので、スプリングもより高い荷重に備えて高いスプリングレートの仕様を選ぶ必要があります。ただし、そうした仕様のスプリングでは低速走行時の働きは多少犠牲になる事は当然の事ですし、スプリングレートが基本的特性を決めてしまうので、他の減衰力など調整機構等で変化をつけても基本特性は変わりません。
きっと、Rさんが 今までスプリング交換を行なってきた原因もそういう設定にあると思います。
■ スプリング が車両特性を決める ■
オートバイのサスペンションのスプリングを考える時、直立させての直線走行だけしか想定する必要がなければ、スプリングレートの選択はとても簡単です。しかし、コーナリング走行を想定すると事は簡単ではありません。
オートバイはバンク(リーン)させて曲がる必要があります。そして、コーナーで曲がる時にはコーナリング荷重やブレーキやアクセル操作による荷重を支える働きをするので、必ずサスペンションは伸び縮みの動作を伴い、それによってタイヤは上下に動く動作を行ないます。このタイヤが上下に動く量や上下動の度動によって、オートバイ走行時の安定性や操縦性、そして安全性が大きく影響されますが、そのタイヤの上下動を決めているのがスプリングレートですから簡単には決められない難しさがあるのです。
ここが、オートバイと四輪車のサスペンションセッティングで一番大きく異なる点で、車両メーカーはオートバイの特性を大きく左右するスプリングの重要性は認識していて、発売後の車両であっても度々スプリングの仕様変更を行なう程で、変更しても記者発表も無く、見た目も全く変わらないのに変更を行なう程に敏感で重要な部品だという事を覚えておいてください。
では、そんなメーカーが販売している車両のスプリングレートを見てみましょう。

上記リストに載っているデータは、車両メーカーは随時設計変更を行なうので公式に発表しませんので、私が購入・所有しているスプリングを計測して算出した数値で、右欄に記載しているスプリングレートが低い順番で掲載しています。
また、スプリングレートに「K0」と「K1」の二つの数値が書かれているスプリングは、スプリングを伸縮させる時に途中でスプリングレートが切り替わる“ツインレート・スプリング”と呼ばれているスプリングで、それとは違って スプリングレートが変化せず一定のままのスプリングを“シングルレート・スプリング”と呼びますが、その特徴や違いなどは後ほど改めて説明します。
表に載っている車両名とスプリングレートの値を見比べて見てください、色々な事が分かってくると思います。例えば、重量車であっても 0.6 Kgf/mm 以下のレートのスプリングを採用している車両がある事。 例えば、同じ車両(型式)でもスプリングの仕様が違うものがある事。 例え SS車(スーパースポーツ / 以前なら レプリカ)でも 決してスプリングレートを高く設定していない事などがはっきりと理解できるでしょう。
そして、これらのスプリングは全てインナーチューブ径が 41㎜ の車両用ですから、同じく 41㎜ の車両で、スペーサー(カラー)の加工やスプリング長が許容範囲であれば、どのスプリングへの交換も可能ですし、基本的には安全性も問題無く走行可能です。
※ その際に必要な事は、【 1G’車高(乗車時車高)】と【 残ストローク量 】を適正に合わせて、ストローク長の調整と安定限界トレール量の確保ですが、それは次のページで触れる事にして、最適なスプリングレートの選び方についての説明に移りましょう。
■ 最適な スプリングレート の 考え方 ■
最初に「最適」という言葉について断りをさせて下さい。
オートバイに限らず、あらゆる電気製品や機械、服や文房具、スポーツ用品に至るまで、人の体格や年齢、嗜好や感受性 とのバランスによって、「好み」とか「合わない」とかの主観によって判断がされるものですから、「貴方の用途にはこれが最適です」 という様な詐欺めいた事はできませんので、最適なスプリング(レート)も使用する人の主観で決めるモノで、成長や経験によって最適も変化する事が前提での解説です。
最適なスプリングレートを考える際には、Rさんも質問に書いていらっしゃった通り、車両の重量を受け留める主役はスプリングですから、車両の重量を検討材料にしなければなりませんし、同時に ライダーの体重、車両に追加装備した部品の重量も考慮しなければならないでしょう。
しかし。重量車のスプリングレートが必ずしも相応に高くない場合がある様に、オートバイの操縦性、軽快性を求めるならば重量だけを考える訳にはいきませんし、機敏な操縦性こそがオートバイの大きな楽しさですから。積載重量に合わせてスプリングレートが決められるトラックと同じになってはいけません。
主な使用速度域が 時速 60㎞ 以下で、安定感と軽快な操縦性を求めるならば 低いレートのスプリングが適しています。逆に、時速 100㎞ レベルでの コーナリング時の安定性を強く求めるならば 、高目のレートのスプリングが適しています。
そして、この二つの異なる状況にも合わせる目的で生まれたスプリングが “ツインレート・スプリング”で、荷重が小さい中低速走行時等には低目のレートのスプリングとして働き、大きな荷重を受ける高速走行時には 高目のレートのスプリングとして働くようになっているのです。
僕はそんなツインレート・スプリングを好んで選択するのですが、ツインレートとシングルレート・それぞれの特徴、メリット&デメリットについて説明します。
■ ツインレート と シングルレート・スプリング ■
ツインレート・スプリングは、2種類のシングルレート・スプリングを繋げた様な構造のスプリング(下図参照)で、繊細な操縦性を求められ、多くの車両が装着しているテレスコピック形式のフロントサスペンションの特徴を活かしつつ、この形式特有の難点を克服する手段の一つとして、多くの車両で採用されています。

〇 殆どのオートバイのフロントサスペンションで採用されているスプリングは、よく見慣れている
巻きバネ式のスプリングで、バネ鋼と呼ばれる鉄素材をらせん状に巻いた形をしています
〇 通常、そのらせん状の巻きの間隔は、シングルレートの形式の場合は一定の間隔で、ツインレート
形式の場合には途中で巻きの間隔が変わっていて、巻きの間隔(ピッチ)が“密”の部分と“粗”
の部分とに分かれます
〇 ツインレート形式が伸縮の途中でスプリングレートが変化する仕組みは、例えば左右両端から力を
加えて縮めていくと 巻きの間隔(ピッチ)が密な場所で隣あった巻きが密着(線間密着と言います )
して、密着していない巻きの間隔(ピッチ)が粗の部分だけがスプリングとして動作するからで、
全体で力を受け留めていた時には スプリングレートは低く、一部だけで受け留める時にスプリング
レートは高くなり、同じ力では縮め難くなるのです
■ 特徴とデメリット ■・・フロント(サスペンション用)スプリングについて述べます
■ ツインレート・スプリングは、中低速走行時など掛かる荷重が少ない時には 低いスプリングレート(表中の K0)で働き、路面変化やライダーの操作に対してすぐに反応して操縦性や安定性を保ち、高速走行時や急ブレーキなど大きな荷重が掛かる場面では高いスプリングレート(表中の K1)で働くので、あらゆる走行場面に合わせて適切な動きの実現に近づける事ができます
■ 一方、シングルレート・スプリングは、低荷重域から高荷重域まで常に一定のスプリングレー
トなので、動作の途中でスプリングレートが急変する様な違和感もなく、あらゆる走行場面でシームレスな動作を得やすくなります
■ ツインレート・スプリングのデメリットは設計の難しさです。低荷重域用のスプルングレート・K0 と 高荷重域用の スプリングレート・K1 を決めるのは比較的容易ですが、スプリングを何mm縮めた時に スプリングレートを変換するのかを決めるのが難しく、あらゆる人があらゆる場面で走行しても不安を覚えず快適に楽しめる事を目的にして、走行テストチーム(試作担当)と設計陣の腕の見せ所になっています。
■ 一方、シングルレート・スプリングの場合は、スプリングレートの設定自体は比較的簡単に済むのがメリットで、その簡単さが競技用車両の多くシングルレート・スプリングを採用している大きな理由ですが、超高速域に合わせた仕様のスプリングを選択すると、低荷重で低μ(摩擦係数が小さく滑り易い)路面ではサスペンションとしての能力を充分に果たせず、タイヤのグリップ喪失や操縦性悪化を露呈させやすくなります

スプリング、特にフロントフォーク用のスプリングの基本的な説明は以上ですが、質問を寄せて下さった Rさん、理解してもらえたでしょうか。また、次の交換候補のスプリングレートは決まったでしょうか。もし、分からない事や確認したい事がありましたら、どうぞ気軽に問合せください。
次ページは 【 応用編 ・スプリングレートと操縦安定性との関係 】についての解説です。
多くのオートバイで採用されている テレスコピック形式のフロントサスペンションの特徴を活かしつつ難点をカバーする為に、フロントフォークのストローク位置と旋回性(力)との関係、限界安定トレール量の確保など、実際の走行した際の安定性や操縦性を確保する為に必要なメカニズムや知識について解説をします。
そのメカニズムの理解や知識は、例えスプリングの交換をしない場合でも、市販状態のオートバイを ライダーに合わせて、快適で楽しく安全なオートバイライフを送りたい場合でも参考になりますので、興味のある人は ぜひ、ご覧下さい。

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